わたしの幼馴染はやっぱりとてもモテるらしい
わたしの幼馴染はやっぱりとてもモテるらしい。
と、わたしは最近、とみに強く思うようになりました。(なんかムカつくなまったくもう)
「あ、あかり、幼馴染くん、また告られてるよ」
ちょんちょんと呼ばれて、見てみ、と指さされる。いや別に興味ないんですけど。
「やっぱさ、アンタの幼馴染くん、モテるよねぇ。別れてから見るの何度目よ、この光景」
美人な先輩と別れた我が幼馴染のことは、あっという間に校内に広まったらしい。何と言うか奴の人気っぷりを思わせてくれるよね、ため息が出る。
「奴はなぜモテるんだ。バカなのに。顔か?顔なのか?」
憮然としてそう言うと、目の前でタコさんウインナを口にいれたユイちゃんがもごもごと口を動かしながら答えた。いや食い終わってからでいいよ。
「いやーあれはモテるでしょう。クラスの中心にいる爽やかタイプじゃん。顔イイし」
ちょっとバカっぽいところがまたイイよ。
と、言われましても、身長が伸びただけでサルから一転爽やかくんになってしまうのかと思うと、わたしは理不尽な気持ちで頭の中がいっぱいなんですけれども。
「おはよーあかり」
ん、と差し出された手に弁当箱を乗っけてやる。
あれから毎日毎日弁当を作ってやるわたしのなんと甲斐甲斐しいことか。ちなみについでだから兄貴のも作ってやろうかと聞いてみたら即答でいらんと言われた、なんでだ。
最近わたしたちは、弁当を渡したあと何故か一緒に登校する間柄だった。いや何故かは分かっているんだけどさ。しかしこれこそが最近のわたしの最大の憂鬱であることは間違いない。
いや別に奴と登校すること自体は構わないんだけれども、周りの視線の居た堪れなさと言ったら。…自過剰と言うならいえばいいよ。
ええまぁ、そこら辺の男子高校生とゆっくり知り合ってゆっくり友情を温めてそして彼氏になっちゃったりする、わたしの高校デビュー(仮)は完全に終了のお知らせですとも。まじ何かに呪い掛けたい。
しかし幼馴染が毎日のように我が家の前で待ち伏せする発端はわたしだから、彼に文句は言えない。何てことだ。
それは弁当を作り始めて4日目のこと、わたしは奴に早々にキレた。
「毎回わざわざ教室に来んな!」
単純バカな我が幼馴染は、自分の影響を全く考えない。自分の行動が意味するところを全く気にしない。何てったってバカだから。
毎日毎日教室に来る+手作りのお弁当を嬉しそうに受け取る=!?!?!?!?!?
な空気を敏感に感じていたわたしの限界が来るのは早かった。
キレられた幼馴染はぶすっとしてなんでと尋ねてきたが、わたしは何でもだととっても理不尽に返答した。
「代わりに朝、うちの前で渡すから。分かった?」
ぶすっとしたまま、彼はこくんと頷いた。こういうところは相変わらずの可愛い奴よ。
と言うわけで、次の日から家の前で渡すことになったのだが、まぁ手作り弁当を笑顔で受け取られるのよりマシだ。仲がよければ登校を一緒にするくらい普通だ、うん普通。
「あ、フラれた」
本日も窓にぶら下がって外を見ていたのんちゃんが呟いた。いやもういいよ、飽きないのかな。
「最近フってばっかだねー、彼は。何かあったのかな」
フってばっかって、そんなに言うほど告白されているわけではないと思う、んだけど気のせいかな。
なぜかにやにやと笑いながら席に戻ってくるのんちゃんを見ながらそんなことを考える。てゆうかそのニヤニヤは何ですか。
「ところであかりちゃん。君は幼馴染くんのことをどう思っているのかな?」
「どうって」
嬉しそうに聞かれても困るよね。全く理不尽だ。彼との仲の良さを知られた途端にこれなんだから。
「だってあんなにかっこいい幼馴染がいて、好きにならないの?」
いやそりゃ好きだよ。でもってこの台詞は中学時代にうんざりするほど聞かれたことだ。
「わたしにとってあいつは、サルでバカで可愛いわたしの幼馴染です」
キパッと言って弁当に戻る。答え慣れてるんです、残念ながら。
「でもさー」
と弁当に戻らせてくれないのはユイちゃんだ。今日は唐揚げをもぐもぐしてる。いやだから食い終わってからでいいよ。
「幼馴染くんの方は違うかもよ?だって現にほら、告られても彼女作んないじゃん」
全く女子ってやつは本当に恋バナが好きな人種なのだ。いやわたしも好きだけれども。他人の恋バナならな!
「いやない。ないない。ってゆうかそれはわたしの教育の賜物だから。あんだけ告られてればあと数日で新しい彼女ができるよ」
「教育?」
よくぞ食いついてくれた!と、ここぞとばかりにわたしは自慢気に語り出す。わたしの教育、それは中学2年生のある日のことだった。
その頃は全くモテていなかった単純バカは、しかし夏に入って身体の痛みを感じ始めたらしい。成長痛というやつだ。我が家でゲームをしながら、小突く度にイテッ!と痛がる幼馴染をニヤニヤしながら苛めていたとき、唐突に思い立ったわたしは彼にこう言った。
「アンタ、告白されたからって無闇に付き合っちゃダメだからね」
いきなりなことにポカンとした幼馴染のキャラを一撃必殺で沈めながら(「あっヒデェ」)、わたしは再び口を開いた。
「好きな子だったら良し。好きになれそうな子だったらまぁ良し。何回か遊びに行ってみるのも、その子が頷いてくれたら良し。でも、好きになれなかったり好きになれそうになかったら、丁重にお断りするべきだと思うわけ。丁重によ、ここ大事。殊勝に誠実に丁寧に。分かった?」
多分そのとき、こいつはなまじ顔が整っているだけに、この先モテるかもしれないとふと思ったのだと思う。
しかしこいつはバカだ。もて囃されたらその分だけ調子に乗るバカだ。可愛い幼馴染が節操なしのチャラ男になるのだけはわたしは嫌だった。
幼馴染は、なぜわたしが唐突にそんなことを言い出すのか分からなかったらしい。当然だ、わたしもなぜ唐突にそんなことを言おうと思ったのかよく分からなかったし。
しかし彼はこくんと頷いた。そうしてわたしは満足した。可愛く愛しいわたしの幼馴染に。
そんなわけで、以来わたしの言うことをきちんと守ってくれている可愛いバカには、チャラ男の称号は与えられていない。満足。
そしてバカには、わたしの予想通り、それから1週間後に彼女ができた。
女子からの軽めの苦行に耐えながらも日々を耐え忍んできたわたしの日常は、奴の新たなる彼女のお陰で僅かに平和を取り戻した。わりと本気でよかった。
そんなある日、なんととうとうわたしにも春がやってきました!
何てことだ。いやまだ春ではない。言うなれば冬ってところだ。しかしもうすぐ春がやってくるに違いない感じの冬だ。これは浮かれる。そうだ、わたしは春の到来の予感にとても浮かれていた。
2クラス離れた小池くん。ほんわかした文学少年で、あまり人の噂を気にしないタイプだ。図書委員のローテーションで今月に入ってペアを組むことになり、仲良くなった彼にわたしはすっかり浮かれていた。なんと言っても、その柔らかい雰囲気がたまらない。明らかに恋愛に興味がない感じも、たまらない。わたしの高校デビュー(仮)は、少しばかり終了の時を先送りしてくれたらしい。わたしの肉食女子っぷりを発揮する時が、とうとうやって来たのだ。
とまぁ誰に言うでもなく浮かれまくっていたわけだが、とにかくわたしは小池くんと話せる図書委員の仕事の日が、楽しみで楽しみで仕方がない日々を過ごしていた。
そんなある日の昼休みのことだった。
「あ、朝比奈さん」
名前を呼ばれて振り返ると、なんと小池くんだった!
「んん?どうしたの小池くん」
何でも、今日の放課後の当番に少し遅れるかもしれないとのことだった。わざわざ言いに来てくれたらしい。
「なんだ、全然構わないよ」
何というか、彼からは常にほや〜っとした空気が出ているものだから、わたしは彼と話す度についついほのぼのとした気持ちになる。だがカップルには程遠そうだ。…春待ちの冬は意外と長いかもしれない。道のりは長い。
ほのぼのとした空気のなかで、わたしは小池くんとすっかり和やかにお喋りしていた。湯呑みに入った緑茶があったら最高だった。そのとき、小池くんが唐突に「あ、」と呟いた。同時に唐突に誰かがぐいっとわたしの腕を引っ張った。
120°ほど首を回転させると、案の定幼馴染の顔がそこにはあった。なぜだか彼はぶすっとした顔をしている。なんでだ、今日わたしは彼に何も要求していないのに。
ぶすっとした顔の幼馴染が、掴んでいたわたしの腕を、そのまま思いっきりひっぱった。
「ちょぉ!?」
幼馴染はわたしの声なんて気にも止めずにずるずるとわたしを引っ張って行く。振り返って小池くんに助けを求めようとすると、彼はのほほんと笑ってひらひらと手を振って来た。…カップルへの道のりは遠い。
「ちょちょちょ、待って!」
ずりずりとひっぱる幼馴染は全くわたしの制止の声を聞く気がないらしい。全く抗えない力の差に、いつの間にやら男だなぁと呑気に考えるくらいには長々と引き摺られたあと、ようやく腕が解放された。
覗き込んだ彼の顔は相変わらずにぶすっとしている。
「ね、「仲良いの?」…ん?」
彼はこちらをじっと見つめてそう言った。…心なしか瞳が剣呑な輝きを帯びている気がするのは気のせいだ、うんとっても気のせいだ、気のせいに違いない。
「え?うん、まぁね」
只今彼にロックオン中です、なんて奴に言ってやる義理はない。言ったら最後、兄貴にバレてニヤニヤしながらからかわれるに違いない。間違いない。
「ふうん」
相変わらず不機嫌面の幼馴染は、少しの沈黙のあと、ぽつんと呟いた。
「あかりはズルい」
…意味分からん。黙っていると、彼は返事を期待してなかったのか、なにやら再び口を開いた。
「俺が学校で話しかけても、あんな風に長話してくれないし」
そりゃ、目立つの嫌だからな。
「あんな風に笑ってくれないし」
そりゃ、笑うほど長話してないからな。
「最近弁当作ってくれないし」
「いやそれは彼女に頼めよ」
思わず突っ込むけれども、相変わらずむっすーっとした幼馴染はその不機嫌さを全面に押し出してくる。
一向に不機嫌面の幼馴染に、先に折れたのはわたしだった。ああ全く、相変わらずにめんどくさい男だな。
「分かった、じゃぁ次から話しかけられたらちゃんと追い払わないようにする。これでいい?」
「うん」
こくんと頷く幼馴染は相変わらずに素直な奴だ。しかし何故だか、奴はそのまま口を開いた。
「なぁ、今日の夜あかりの家に行っていい?」
なんてことだ。奴は自分の要求を上手くねじ込むことを覚えたらしい。素直に頷くわたしの可愛い単純バカはどこ行った。
「いやむり」
途端に戻りかけた奴の機嫌が悪化する空気を感じとった。おかしい、なぜわたしが奴の機嫌を取らなければならない。
「…ああああもう分かったよ、明日!明日なら来ていいから」
確かに奴の家はひとりっ子で両親共働きだから寂しいのは分かる。分かるけれども、…なんてこった。まぁ明日は兄貴がいるはずだから問題ない。…と、そう言いたい。別に対彼女用の言い訳はバッチリとか思ってない。少しもあざとくない。
「うん」
しかしにっこり満足気な奴の願いを、結局聞いてしまうわたしはやっぱり、大概こいつに甘いのだろう。ああもう全くなんだかなぁ。
「…て言うか大体さ、わたしがズルいってどういうことよ?しかもさっきの小池くんにしてもさ、なんであんな風に無理やり割り込んだかな。もうちょっと他にやり方あったと思うんだよね」
だから、やられっぱなしで癪だったわたしは、どうやら機嫌を直してくれたらしい単純バカに、憮然として言ってみた。告げると奴は考えるようにこてんと首を傾げた、ちなみに少しもかわいくない。
「…分かんない」
…相変わらずのばかおとこめ!
無言で睨んでやると、そのまま考え続けていたバカ男は、にやっと笑って言い放ちやがった。
「なんかよく分かんないけど、ムカついたから取り敢えずあかりを引き離そうと思って」
「い み わ か ら ん!」
そんなよく分かんない理由で、わたしを小池くんから引き離したのか!
猛然と抗議すると、すっかり機嫌が直ったらしいこのバカは、にこにこしながらわたしの頭をぽんぽんと撫で始めた。あり得ん。完全にバカにされてる。まじ、あり得ん。
最高にイラっとしたわたしは、ぽんぽんと撫で続ける奴の手を思いっきり振り払ってやった。そんでもって奴の腹の皮を思いっきり掴んでひねってやる。
「いィって!」
痛がる幼馴染に勝ち誇ったようにふんと鼻を鳴らす。ちょっとばかり気が晴れた。
「次あんなことしたらもっと手酷く痛めつけてやるから」
しかしわたしはやっぱり奴に甘いのだ。
ほんとになんだか全くもう!
結局言うほど腹を立てていないわたしにとって、幼馴染という絆は、疑うべくもない、なによりも大切なものなのらしいのだった。
わたしの幼馴染は、やっぱりとてもモテるらしい。
(友人2人に、わたしも幼馴染も鈍すぎると言われたけれども、全く意味が分からない)
読んでくださりありがとうございました!
感想評価その他諸々、頂ければ嬉しいです。
前作を思いがけず沢山の方に読んでいただけて、とても嬉しいです。彼女の幼馴染は何やら常にぶすくれているので幼く見えますが、平素では普通です笑
バカゆえに、何も考えないでの行動の理由が幼馴染だから以外に頭に存在しない少年と、単なる大切な幼馴染と割り切る少女の行く末を、見守って頂けたら嬉しいです。
…誰か幼馴染くんの名前考えてくれないかなー、なんて…