2章―1
第二章 磔刑者
それは遠く懐かしい在りし日の記憶。
ミリア・エーレンブルクにとって、ひどくかけがえのない、思い出の断章。
「……大丈夫だ」
泣きじゃくるミリアの手をそっと引きながら、前を行く少年は静かな口調でそう言った。
「……ここは俺にとっては庭同然の場所だ。どこに誰の墓があるかぐらいすべて把握してる。心配しなくても、両親の墓へは必ず俺が連れて行ってやる」
肩越しに向けられた眼差しは、まるで死人のような渇いた虚ろを湛えていた。
深紅の眼光に照らされ茫と浮かび上がった貌からは、何の感情もうかがえない。
一見してそこには、愛想も素っ気もない、仮面じみた無関心だけが凝っている。
けれど、
「……だから、もう泣くな」
繋がれた少年の手に、ぎゅっと力がこもる。
柔らかくも力強い温もりが、心細さに打ち震えていたミリアの胸に、じわりと熱く染みわたる。
涙に濡れた頬を拭い、懸命に洟をすすり上げ、ミリアはすがるような上目遣いで少年を見上げた。
「本当?」
「……ああ、救世主に誓って本当だ」
気負いなく淡々と、それでいて力強く少年は肯いた。
ミリアの表情を覆っていた暗雲が、その一言にぱっと晴れ渡る。
「ありがとう! ええっと……」
「……レオンだ」
「ありがとう、レオン!」
ミリアは満面の笑みを弾けさせ、レオンの手をしっかりと握り返した。
ぱたぱたと足早にレオンの隣に肩を並べる。
あれほど恐ろしかった夜の闇も、不気味にわだかまる十字の影法師も、もうミリアには何の恐怖ももたらさない。
「……礼にはおよばない。これも墓守の仕事だ」
「墓守?」
「……読んで字のごとくだ。墓場の管理全般をつかさどり、墓を守る。それが俺たちの仕事だ。もっとも、俺の場合はむしろ逆――いや、何でもない。……俺は物心ついた頃から、ここでずっと墓守をやっている。これまでも、これからも、ずっと一人でな……」
「一人? 家族やお友達は?」
「…………」
「そっか……寂しいね」
ミリアは我が事のようにしょんぼりと肩を落とし、
「じゃあ、ミリアがレオンのはじめてのお友達だね!」
「!」
レオンは出し抜けに立ち止まり、屈託なく笑うミリアを凝然と見つめた。
「……友達?」
「……違うの?」
オウム返しに訊ねられ、ミリアは途端に不安になった。
レオンは、まるで信じられないものでも見るかのように唖然と目を瞠り、
「……いや」
ささやかに、けれどはっきりと、その口元をほころばせる。
「……そうだな。友達か……。ああ、友達だ」
噛みしめるように、慈しむように呟きながら、レオンは穏やかに微笑んだ。
それは彼が初めて見せた、年相応の澄んだ笑顔だった。




