5章―3
支払いを済ませ店を出た二人を、冬の凍えた空気が容赦なく出迎えた。
「うわ……!」
眼球を突き刺す刺々しい冷気に思わず目を眇める。
外の寒さは店内に入る以前よりも一段と冷え込みを増していた。
「……この調子だと、今晩あたり荒れそうだな」
店の軒先に佇み、きつくケープをかき抱きながら天を仰ぐ。
空を閉ざす暗灰色の黒雲はいつしか鉛色の雪雲へとその様相を変え、つやつやと金属じみた光沢を湛えながら隙間無く天上を覆っていた。
今にも降り出しそうな空模様だ。
「……まったく。こうも悪天候ばかりが続くといい加減うんざりするな。ろくに星も楽しめない。今の時期はとりわけ綺麗なんだが……」
辟易と嘆息するレオンに、ミリアも苦笑を浮かべ追従する。
「そうですね。今日に限って言えばありがたいですが、流石にそろそろお日様が恋し――」
失言に気づき、はっと口をおさえる。
レオンは気にするなとばかりにひらひらと手を振り、
「……構わない。それよりもせっかくだから聞かせてくれないか?
ずっと気になっていたんだ。日差しというのがどういうものなのか。
見たことはある。浴びたこともある。けれど磔刑者の感じるそれは、浴びればただ焼け爛れる痛く苦しいだけのものに過ぎない。
だから……」
「そう、ですね……」
人差し指を顎に添え、目を寄せながら真剣に考え込む。
普段から当り前に感じているものだけに、いざ説明するとなるとこれがかえって難しい。
ましてやレオンに日の光の何たるかを教えるのは、盲目の人間を相手に美醜の概念を説くに等しい難行だった。
「日の光というのはですね、暖炉みたいに温かくて、でもそれだけじゃなくて。こう、何て言うんでしょう。浴びていると身体だけでなく心までぽかぽかしてくると言いますか、何だか元気が出てくると言いますか、心地良くて、安らいだ気持ちになれて、ええっと、ですから……」
つっかえつっかえ言葉を選びながら身ぶり手ぶりを交えて一生懸命に訴える。
我ながら要領を得ないその解説に、案の定レオンもぴんときていない様子だった。
眉間に皺を寄せながら沈思黙考の態でむっつりと唇を引き結んでいる。
歯痒さを押し殺しながら粘り強く説明を続ける。
「……ああ」
果たしてその努力が実を結んだものか。
レオンはふと合点がいったように顔を上げると、やにわにミリアの手を握った。
「レオン?」
「…………」
「あの……」
「……なるほど。こんな感じか」
戸惑うミリアをよそに、レオンはぼそりと何事かを呟き、一人納得顔で頷いた。
「……よく分かった。ありがとう」
「は、はぁ。そうですか……」
訝しく眉をひそめるミリアの頬に、その時ぴたりと冷たいものが貼りついた。
「ひゃっ――!?」
「……雪」
はらはらと舞い落ちる雪の欠片を手のひらで受けとめながら、レオンはおもむろに空を見上げた。
ごしごしと頬を拭いながら、ミリアもそれに倣う。
「とうとう降りだしてしまいましたか。もうすぐ三時……少し早いですが、この辺りが潮時でしょうね」
降りしきる粉雪の勢いはまだ弱い。
今のところは微かにぱらついている程度である。
だが、この調子では本降りになるのも時間の問題だろう。
そうなってからでは手遅れだ。
混み合うだけならまだいいが、最悪、乗り合い馬車の運行そのものが取りやめになる恐れがある。
ミリアもレオンも共に門限厳守な身の上である以上、下手に危険は冒せない。
今日一日の締め括りにこれから大聖堂を回るつもりでいたが、どうやらそれは諦めるしかなさそうだ。
肯くレオンの横顔に、落胆の色を垣間見る。
「……そうだな。口惜しくはあるが、やむを得まい」
突然の幕引きに消沈しているのはミリアも同じだった。
けれど、気落ちする彼を元気づけたい一心で気を取り直し、
「また来ましょう」
「――――」
その発想は無かったとばかりに目を点にするレオンに、ミリアはそっと微笑みかける。
「別にこれが最後の機会というわけではないのですから、また来ればいいのです。私で良ければいつでもお付き合いしますから。そうだ! 今度は私の友人も紹介します! またいつか、みんなで一緒に遊びましょう! ねっ?」
「……また、か……」
レオンはどこか思い詰めたような表情でミリアの提案を反芻し、
「……そうだな。また来よう」
「はい!」
何かをふっきったような微笑を滲ませるレオンに、ミリアは満開の笑顔で頷いた。




