4章―2
『――つまりデートってこと!?』
人気も疎らな消灯間際の図書室が、にわかに騒然と沸き立った。
「し、静かに……! 声が大きいですよ……!」
キラキラと期待に目を輝かせながら身を乗り出す一同を慌ててなだめる。
ミリアを取り巻く顔ぶれは、ヘレンをはじめとしたいつもどおりの面々である。
「それでそれで! デートの日取りは? 待ち合わせ場所は? って言うか、その前にいい加減レオンくんについて詳しく白状しなさいミリア!」
一同の中でもっとも激しくこの話題に食いついてきたのは、やはりと言うか、対面に座るヘレンだった。
人目を気にするミリアをよそに、一人でどんどん加熱していく。
「だから落ち着いてください! 話します、話しますから!」
必死の説得――降伏――が功を奏し、どうにかヘレンを落ち着かせることに成功する。
ミリアは気恥ずかしさを誤魔化しながら、こほんと咳払いをし、
「えっと、デートの日取りですが、詳しい日程についてはまだ決まってません。と言うのも、彼の体質に少々問題がありまして……平たく言うと、彼は日の光を浴びられないのです。
なので今はっきりとしているのは、休日、曇りの日、出来るだけ早い時期――以上すべてに該当する日ということだけで、それがいつになるかは当日になってみないと分かりません。
まあ、そうは言っても毎年、聖誕祭前後は雪空が多いですし、それが終われば冬季休暇に入りますから、おそらく今月中には執り行えると思いますが……」
「ふーん、そっか。日の光が駄目って、それはまた難儀な話ね。
……ん? ということはミリア、毎週毎週彼に逢うために自宅まで通ってたわけ? それってつまり……」
ヘレンの言葉に、ミリアを除く全員がはっと顔を見合わせた。
『……通い妻?』
「なっ!? つつつ妻だなんてそんな――!? で、ですから、何度も言っているように私と彼とはそういう関係ではな――!」
「そっか、あのミリアがねー。何だかんだ言っても、やっぱりミリアも女の子だったってことかー」
「こうして人は大人の階段昇っていくのですね」
「大人の階段……ふ、不潔です!」
「そうね、流石にこの年齢で一線を越えるのはまだ早いわね」
「そもそもシスターを志そうという者がそういった行為におよぶのはまずくないですか?」
「大丈夫。純潔か否か何て傍目には分かりっこないって」
「あ・な・た・た・ち~!」
言いたい放題の一同に対し、ミリアは怒髪天を衝く勢いで、ぶるぶると拳を震わせた。
「あはは! 冗談、冗談だって。もう、本当ミリアってからかい甲斐があるわよね」
むすっと頬を膨らませるミリア。
しかし、ひらひらと手を振りながら快活に笑うヘレンには、まるで悪びれた様子はない。
「ごめんごめん、そんなむくれないでよ。お詫びにちゃんと相談に乗って上げるから」
「……誰がいつ相談に乗って欲しいなどと言いましたか?」
「あら違うの? 私はてっきり、そのためにわざわざからかわれるのも承知で今の話をしてくれたんだとばかり思ってたんだけど?」
「…………」
「ち・が・う・の?」
「………………いえ、違わないです」
ミリアは渋々ながらヘレンの言を認めた。
意地の悪いにやけた半眼がひどく癪に障ったが、ここで頑なな態度をとっていても仕方が無い。
変に意固地になったばかりに協力を得損なうようなことにでもなったら、恥を忍んで打ち明けた甲斐が無いというものだ。
「ふふん、素直でよろしい! 任せなさい! 迷える子羊のために、お姉さんたちがデートのいろはってやつを手とり足とり教えてあげるわ!」
えっへんとふんぞり返りながら、ヘレンはその薄い胸板を力強く叩いて見せた。
この場に雁首を並べているのは、ミリア同様、いずれも異性との付き合いを語るにはまだまだ幼い十代半ばの少女たちばかり。
実際の経験にしても、ミリアとの間にさほど大きな隔たりはあるまい。
だが事知識に関しては、今までその手の話題に関心を払うことなく生きてきたミリアよりよほど心得ていることだろう。
彼女たちの助勢を得られるのは素直に心強かった。
「恩に着ます。ですが、よろしいのですか? 自分から話を振っておいて何ですが、試験勉強にさし障るのでは?」
「ふふ、お気になさらずとも問題ありませんわ」
「そうそう。どうせ後三十分もすれば消灯なんだし、どのみちここらが潮時よ」
「それにそれに! 今日一日ずっと勉強漬けだったわけですし、最後にちょっとぐらいご褒美――じゃなくて、お楽しみ――でもなくて、ええっと、ええっと……と、とにかく! そういうものがあっても良いと思います!」
「――とまあ、そういうわけよ」
口々に示される賛意を締めくくり、ヘレンはうんうんと満足げに頷いた。
「大体、それを言ったらミリアこそ大丈夫なわけ? みんなが試験前で四苦八苦してるって言うのに、一人だけデートのことで頭がいっぱいじゃない」
「別に。普段から予習復習をきっちりこなし授業を真面目に受けていれば、直前になってのにわか仕込みなど必要はありません」
軽く皮肉を交えながら、ヘレンの問いにしれっと応じるミリアだったが、
「でもミリアさん。授業はともかく、最近は暇さえあれば勉強そっちのけで何かをお調べになっていますよね?」
「えっ……!?」
予期せぬ指摘に、ミリアの心臓がぎくりと大きく跳ね上がる。
「そうそう! 珍しいよね、ミリアが勉強よりも他事を優先させるなんて。ねえ、一体何を調べてるの?」
「あっ! それ私も興味ある!」
「実はわたくしもずっと気になっていました」
興味に煌めく一同の眼差しが、じーっとミリアのもとへと集う。
「えっ、あの、それは……」
おろおろと答えに窮するミリアを救ったのは、見回りに来たシスターだった。
「あなたたち、もうすぐ消灯ですよ。そろそろ部屋に戻りなさい」
『はーい!』
立ち去るその背中をこっそりと見届けると、ミリアを除く一同は突っ伏すように低く机に身を乗り出し、
「――じゃあこれからミリアの部屋で作戦会議ということで!」
『おう!』
ヘレンの音頭に合わせ、声を潜めて拳を突き上げる。
共犯者の笑みを突き合わせながら静かに盛り上がる一同の中に、あらためて先刻までの疑問を引っ張り出す者は誰もいなかった。




