4章―1
第四章 レオンハルト
怒りの日
彼の日審判者は甦り
すべての罪は裁かれる
契約の獣が解き放たれ
洗礼の業火が聖夜の闇を包む時
殉教の使徒は其が御元へと馳せ参じ
ともに終末の喇叭を吹き鳴らさん
怒りの日
彼の日世界は滅び去り
かくて千年の誓いは果たされる
黙示録終章〈怒りの日〉より
夜明けまでにはまだ遠く、されど黎明の気配が次第に夜闇を溶かし始めた頃。
「――レオン」
黙々と作業に勤しんでいた背中が、ぴたりと動きを止める。
「……ミリアか」
レオンは肩越しにミリアを認めると、手に持った長柄物をざくりと傍らの地面に突き立て、身体ごと振り返った。
襤褸切れじみた灰色の外套とマフラー、黒皮の手袋に長靴と、いつもどおりの浮浪者じみた身なりである。
それでも再三口をすっぱくしてきた成果だろう。
最近は行水や洗濯もまめに行っているらしく、再会して間も無い頃に比べてずいぶん清潔な印象を受ける。
対するミリアはと言うと、神学校の制服に学校指定の防寒着、手にはひとかかえほどの大きさのバスケットと、こちらも普段と変わり映えのしない装いで霊園を訪れていた。
「何をしているのですか?」
訊ねながら、レオンの隣へと並ぶ。
「……後始末だ」
無愛想に応じながらレオンが視線で示す先には、掘り返されたものとおぼしき大きな穴がぽっかりと地面に広がっていた。
穴の底。
土の隙間から、棺桶の蓋がわずかに外へと覗いていた。
「――墓?」
レオンは手袋にこびりついた土埃を払い落しながら首肯する。
「……ああ。磔刑者も滅びればただの遺骸へと戻る。それを埋葬しなおしていた」
「この棺桶はどうしたのです?」
「……こういう時のために、倉庫には棺桶や墓石の備蓄が用意してある。もっとも、流石に墓碑への記銘だけは後で職人に頼まなくてはいけないがな」
「なるほど」
と、ミリアは頷き、
「ところで……それは結局槍なのですか? シャベルなのですか?」
地面に突き立てられた長柄物を指差しながら、しきりに首を傾げ、レオンを見る。
磔刑者相手の大立ち回りに用いられたかと思えば、こうして穴を埋めるのにも使われている。
形状そのものもどっちつかずなため、非常に判断に迷う代物である。
「……もとは槍だ。だが、磔刑者を始末するたびにいちいちシャベルを用意するのも面倒だから、どちらでもいけるよう、鋳溶かしてこの形に打ちなおした」
「へえ」
感心の吐息を漏らしながら、それとなく槍に手を伸ば――
「触るな!」
頬を張るような苛烈な叱声に、ミリアはびくりと手をひっこめた。
すっかり怯えたミリアの様子に、レオンははっと決まり悪げに渋面をにじませる。
「……これはメシアを弑した槍を素材に作られたものだ。
磔刑者に対して絶大な殺傷力を有する一方で、聖骸に匹敵するほどの呪いの品でもある。
俺の場合は磔刑者の血をひいているおかげか今のところ呪いの対象にはなっていないが、確認されている限りにおいて、触れた人間はみな例外なく非業の最後を遂げている。
だから何があっても絶対に触るな……いいな?」
「はい、分かりました!」
「…………」
「レオン?」
まじまじと、怪訝そうにこちらを見つめるレオン。
「……なぜ笑う?」
「えっ――?」
指摘され、ミリアはようやく、自身の頬がだらしなく緩んでいることに気づいた。
「これはその……! 何と言うか、いきなり怒鳴られたのは怖かったですし、呪いの話を聞いた時など肝を冷やしましたが、でも――」
それ以上に嬉しかったのだ。
彼が自分の身を真剣に慮ってくれたことが。
――などと、そんなことを正直に口にできるはずもなく。
「な、内緒です!」
「……そうか」
もじもじとはにかむミリアに対し、レオンはいささかか腑に落ちない様子ながらもすんなりと引き下がった。
「それにしても、仮にも聖遺物を鋳溶かしてしまうなんてバチ当たりではありませんか? それもこのような形に打ちなおしてしまうなんて……」
「……何を今更。救世主殺しの一品という時点で、十分にバチ当たりだろうが。それにこれを扱えるのは俺だけだ。磔刑者相手に後生大事に遊ばせておくだけの余裕も無いとくれば、少々の無茶は上も黙認せざるを得まいよ」
「ですが、それでもし槍の効力を失うようなことになれば……」
「……それくらいで消える程度の呪いならむしろ重畳だ。
教皇庁も喜び勇んで聖骸を火にくべるだろうさ。
もっとも、聖槍と違って聖骸には厳重な封印が施されているからな。
教皇庁自身もそう簡単にはどうこうできないわけだが……。
さて――」
投げやりに言い放ちながら、レオンは槍を引き抜き肩へと担いだ。
掘り返された穴をそのままに、スタスタと踵を返す。
「いいのですか?」
「……ああ。夜が明ければ引き継ぎの連中もやってくる。
霊園絡みの役職は真実を知る人間だけで固められているから、後の始末を任せても問題はない。
それにこっちは一人で磔刑者の相手もしているんだ。
少しぐらい仕事を残してもバチは当たるまい。
もうじき日も昇る。ここらが潮時だ」
こちらに背を向けたまま、気だるげに応じるレオン。
ミリアは足早にレオンの隣に肩を並べ、その場をあとにした。
未明の霊園は、身を切るような冬の寒気に痛く凍えている。
レオンとの再会から早三ヶ月。
今年も残すところ後一月を切っていた。
あれ以来、ミリアはほとんど週末の度、レオンに逢うべく霊園を訪れていた。
当初はミリアの来訪に難色を示していたレオンも、明け方までは決して霊園に近づかないこと、月の満ちる前後には訪問を控えることを条件に、渋々ながら納得してくれた。
連れだって歩いていると、程なく目的の小屋が見えてきた。
小屋は墓守たちの詰め所であり、霊園を訪れた際にはここでレオンと落ち合うのが常だった。
今日のように「道すがらばったり」という状況はむしろ稀である。
玄関前までやってくると、ミリアは手にぶら下げたバスケットをレオンに預け、小屋の裏手へと回った。
お茶を淹れるのに必要な分だけ井戸から水を汲み、裏口から小屋の中に入ると、暖炉には早速火が焚かれ、さして広くもない屋内を赤々と照らしていた。
窓という窓は、日の光が入ってこないよう鎧戸によってしっかりと閉ざされている。
その上で、さらにカーテンまで閉め切っている念の入れようだ。
床の一角には人一人が立ってくぐり抜けられる程度の四角く重厚な鉄の蓋があり、その内側は地下室になっていた。
昼間、レオンはそこで過ごすのだと言う。
小屋の片隅には手狭ながらも台所があり、食器や調理器具をはじめ、茶葉や保存食などが所狭しと戸棚の中に押し込まれている。
金属製のポットに水を入れ、それを暖炉の火にかける。
そんなミリアの傍らで、レオンは脱いだ外套と手袋、そしてマフラーを継ぎはぎだらけのソファの上に無造作に放り投げていく。
「もう、だらしないですよ」
見兼ねたミリアは唇を尖らせながら、自身の脱いだ防寒着ともども綺麗に畳み直していく。
「……すまない」
レオンは淡々と謝意を告げながら、棚から取り出した日誌と筆記具を手にテーブルの座席に腰を落ち着けた。
机上に置かれたバスケットを隅へと押しやり、広げた日誌に黙々と羽根筆を走らせる。
したためる内容は基本的に引き継ぎ事項とそれに伴う留意点だけだそうで、お茶の準備が整う頃には、レオンも早々に作業を終え、片づけを済ませていた。
ミリアは紅茶の注がれたティーカップをテーブルに並べ、レオンの対面へと座った。
湯気とともに立ち上る甘くかぐわしいレモンの香りが、ミリアの鼻孔を温かくくすぐる。
バスケットの蓋を開ける。
中身はミリア手製のサンドイッチだ。
「では、いただきましょう」
食前の祈りを捧げ、二人はサンドイッチに手を伸ばした。
のんびりと朝食をとりながら、取り留めもない雑談に興じる。
もっとも、喋っているのはもっぱらミリアで、レオンは時折相槌や質問を挟むばかりだった。
ミリアとて決して話題が豊富なわけでも話術が達者な性質でもなかったが、それでも日がな一日霊園に籠りきりのレオンと比べれば、その差は歴然だ。
話を振れば、無愛想ながらもきちんと反応を返しはする。
だが、二人の会話においてレオン自らが話題を振るようなことはほとんど無い。
ゆえに、
「……頼みがある」
その出し抜けの一言に、ミリアはきょとんと目を瞬かせた。
「……街を案内して欲しい」
「街というと、聖都をですか?」
「……ああ」
思いがけないその求めに、ミリアは当惑を禁じえない。
「私は別に構いませんが……いいのですか? 霊園の外に出てしまって?」
「……許可は得た。日が暮れるまでに戻ってくれば問題ない」
「でも、日中は――」
「……曇り空なら大丈夫だ」
いつになく積極的なレオンの態度に違和感を覚える。
ミリアはつかの間思案に暮れ、
「……そういうことでしたら、分かりました。ですが、どうしてまたそのようなことを?」
途端、レオンは答えに窮したようにだんまりと口を噤んだ。
気難しげに強張ったその顔に色濃い葛藤がにじむ。
「いえ、話したくないのでしたら、別に――!」
ミリアは慌てて問いを打ち消そうとし、
「……二人でこの街を見て回りたい、というだけでは駄目か?」
「えっ……?」
表情を固く硬化させたまま瞳だけを不安げに揺らすレオンの言葉に、ミリアはぽかんと呆気にとられた。
そして、
「えええええええっ!?」
その意味するところを理解して、狼狽のあまり大きく仰け反る。
「そそそそれはその――! そ、そういうことなのですか!?」
「……そういうこと?」
「だ、だから! ええっと、つまり――!」




