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美術室・二

 文化祭、二日目。午前中、柳と友人はクラスの模擬店で裏方として働いていた。彼らのクラスはあべかわもちを提供している。村田は売り子だ。

 交代の時間になった柳と友人はエプロンを脱いで、昨日食べられなかった店をまわることにした。

 校舎をつなぐ渡り廊下を歩いていると、二人は村田を見つける。彼らより先に交代時間が早かった彼女は、昨日とは違って私服の女性と一緒にいた。女性は無駄な肉がいっさいない体型に、首や手足の関節は細く、のびた背筋がするどい印象を持たせていた。しかし、どことなく女性らしい丸みも感じるので、やせぎすというわけでもない。肩の上で軽やかに揺れる髪は茶色がかっていた。

「お姉さんか?」友人がつぶやいた。

 村田には姉がいる。しかし村田とその女性はまったく似ていない。おそらく違うのだろう。親しげに会話しているふうにも見えなかった。柳と友人が観察していると、村田が二人に気づいた。

「ちょうどいいところに!」村田が駆け寄ってくる。「あのね、人助けしてほしいの」

 村田は後ろにいる女性のほうを向いて、柳と友人に視線を戻した。立ち止まっていた女性は迷うようにしながらも、ゆっくりとこちらに近づいてくる。やがて村田の隣に女性が並ぶと、村田は女性に告げた。

「この二人、変なのと話ができるんです」

 柳と友人は、村田の口の軽さに呆然とした。


 柳と勅使河原、それに村田の三人は、女性を連れて美術室に向かっていた。児島(こじま)奈津子(なつこ)と名乗ったその女性は現在、大学の二回生で、ここの卒業生だという。村田とは先ほど知り合い、意気投合して一緒に昼ごはんを食べていたようだ。

 食事の最中に児島が母校にきた理由を聞いた村田は、いてもたってもいられなくなり、そこへタイミングよく柳と友人を見つけたので、彼らを巻きこもうと思ったらしい。それにしても初対面で二人の秘密を言うとは、いささか軽率であった。柳は苦笑いを浮かべているが、勅使河原は無表情になっている。

 それを気にせず、村田が児島に話を振った。

「あの、児島さんのこと、この二人に話していいですか?」

 児島は快諾し、しかし自分で説明をしたいと口を開いた。

「急にごめんなさい。私ね、在校中は美術を選択していたんだけど、今日はそのレポートをもらいにきたの。卒業時にひとつだけ返却されていないものがあって、それをどうしても手もとに戻したくて」

「はあ」

 柳の返事に児島は笑った。

「今さら、しかも、たかがそれくらいでって思ってるでしょ。でも私には大事なものなの」

「なら、直接美術の先生にうかがったほうが」柳が言う。

「そうね」児島はここで言葉を切り、続けた。「ところで、レポートの置いてある場所はたぶんデッサン室なのよ。先生がたの机に収納されていることもあるんだろうけど、返却し忘れた課題やコピーしたプリントってね、誰が保管するか不明で宙ぶらりんになるから、私の在学中はデッサン室の書棚にまとめて置いていたの。書棚は鍵つきよ」

「はあ」今度は友人が返答した。

 いったいどういう話なのかと柳と友人が納得いかない顔をしていたが、児島が次に述べたことで二人は理解した。

「もし本当に人以外のものと話ができるというなら、先生がたしか知らない開錠番号を教えてほしいの」

 村田の話はあんまり信じていないらしい。どこか挑戦的な笑みを彼女は浮かべていた。


 柳たちはデッサン室に移動した。昨日より美術室・一の展示コーナーは混んでいたが、デッサン室はうってかわって静かだった。部屋の奥にある書棚はダイヤル錠タイプのものだった。

 柳と友人は石膏像に声をかけた。児島の望みどおり、うまくいくかはわからない。彼女のレポートが書棚に眠っているのかも確証はないし、石膏像が暗証番号を知っているかもあやしい。そして、知っていても教えてくれるのかという点もある。だが石膏像は、村田をしのぐ勢いで簡単に教えてくれた。柳が「書棚の番号を教えて」と言えば「あー、あれ? ***よ」とすんなり返してきたのだ。

 しかしながら生徒が書棚を勝手に開けてよいわけがない。柳と友人は居心地悪そうな顔をして書棚の前に突っ立っていた。

「番号を言ってくれたら私が開けるわ」

 児島が言った瞬間、石膏像が話に入ってくる。

 ――あらーん、もう開いてるわよ。さっきおじいちゃん先生が閉め忘れて行ったから。脳みそシルバー枠よねぇ。

 年配の美術教師をそう呼んだ石膏像は、引き続き「おじいちゃん先生」について話しだした。それを聞きながら柳は書棚に手をかけた。少々の引っかかりがあるも、ドアがスライドする。中には、赤や青そのほか数色のファイルがところせましと並んでいた。年号や順番などは背表紙に書かれておらず、ためしにファイルのひとつを取りだしたが表紙にもタイトルはなかった。柳と友人はいくつかのファイルを手にし、ぱらぱらとめくってみる。

「四年前かしら。**年度卒業よ」

 横から手を伸ばし、ファイルの背に触れた児島の声に石膏像が反応した。

 ――ああ、たぶんその年のはね、青色のファイルだと思う。

 柳と友人は手分けして青色のファイルを開いた。そこへ、村田が疑問の声を出す。

「あれ? 四年?」

 児島は微笑んだ。「私、ストレートで大学に入ってないの」

「そうなんですか。どうりで大人な女性のかっこよさがあるわけだー」

「ありがとう。上手ね」ふふ、と笑った児島の首にかかっていたクリスタルガラスのネックレスが光った。

 四人でしばし青色のファイルにとじられているレポートを探すと、村田が当たりを引いた。児島に手渡すと、彼女はうれしそうな声をあげる。

「ああ、これ! 残ってたのね……よかった」

 取りだしていたファイルをすべて戻した彼らは、児島のまわりをぐるりと囲ってレポートを見下ろした。彼女はなつかしそうにページをめくる。しかし、その手が止まった。どうやら一枚ぬけているらしい。彼女が言うには、レポートの最終章の部分がないという。児島はじっと紙を見つめていた。レポートには、ステープラーでとめていたのを一度はずして、再びつけなおしたような跡があった。微妙に穴の位置がずれているのだ。

「最後のページは、感想文みたいなものをのせていたんだけど……どうしてそこだけないのかしら?」

「もしかしたら、どこかにまぎれてるかも!」

 村田が言いながら適当にファイルを引っ張りだそうとした瞬間、閉めていたデッサン室のドアが開いた。美術教師の鈴本だった。

「きみたち、何を」

 ――している、と続けたかったのだろう。しかし彼の声はぴたりとやんだ。鈴本は驚きをもって児島を見ていた。

 児島が教師のほうに体を向きなおし、ゆっくりと頭を下げる。

「ご無沙汰しております、鈴本先生。お元気でしたか」

「なっ……」鈴本は一度言葉を飲みこんだのか、少しして静かに「児島」と彼女の名を呼んだ。

「先生にそう呼んでもらうのも本当に久しぶりですね。なんだか恥ずかしい」

 児島の微笑に、鈴本は抑揚もなくあたりさわりのないあいさつを返した。児島の様子では、きっと鈴本と親しかったのだろう。もと担任か、あるいは授業の担当、聞いてはいないが児島が美術部だったら顧問だったのかもしれない。しかしそのような間柄を思わせるのに、鈴本は喜んだ顔をするわけでもなく淡々と会話をしていた。その落ち着き払った態度が、どうも不思議だった。

 児島が言った。「今ごろかとお思いでしょうが、じつは未返却のレポートがどうしても必要になりまして、いただきにきたんです。あいにくと先生がたを見かけることができないままデッサン室に入ってみたら、書棚の鍵が開いていたものですから……どうしようと思っていたところに村田さんたちが通りがかってくれまして。今から先生を呼びに行くと話してくれていたところでした」 

 うまく状況を回避できそうな話を作った彼女の手もとには、すでにレポートはなかった。いつの間にか自身のバッグに入れていたようだ。

 四人を見た鈴本は、疑いの声をあげたり反論したりすることもなく頷いた。

「きっとその書棚のファイルにあるはずです。急ぎでなければこちらで探しておきましょう」

「来月までには欲しいのですが……」

 期限をつけた児島に、鈴本は「わかりました」と頷いた。しかし彼が書棚を探したとしてもレポートは見つからないだろう。鈴本にとっては骨折り損になるが嘘をついた手前、彼に任せなければこの場をおさめることはできない。

「どうもありがとうございます。来月のあたまにうかがいますね。お手数おかけします」児島は話をかえた。「先生。美術部の展示をみてまわりたいのですが、もしよければご一緒してもらえませんか?」

「ええ、案内しましょう」鈴本は柔和な声で返した。

 柳たちは顔を見合わせた。みな自然にデッサン室のドアへ向かい、廊下に出る。

「つきあわせてしまって、ごめんなさい。ありがとうね」児島が柳たち全員に声をかけ、そのあと村田のほうを向いた。「村田さんも、ありがとう。短い時間だったけど楽しかったわ」

「メールしていいですか?」村田が言う。

 二人はすでに連絡先を交換しているようだった。 

「もちろん。じゃあ」児島が軽く手を上げて笑んだ。

 鈴本の横に並んで美術室へ向かう彼女の後ろ姿はどこか印象的で、見送る三者とも綺麗だなという感想を持った。

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