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陸妃(仮)  作者: 新田 船
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 典麗宮の外の回廊にすでに食べ終えられた皿と膳がうず高く積まれていた。せわしなく女官達が働いているにも関わらず、膳はどんどん重ねられていっている。

 雪鈴は蓮に促され、両手で4つほどまとめて持ち、厨房に道を引き返した。

 

「一体典麗宮に何人いるんですか?」


「せいぜい四十人ってとこだけど、今回は大食尚書とざる将軍が参加しているせいでその何倍も消費が激しいの。とりあえず尚食長と宮廷厨師が手を組んで二人に特別に腹持ちのよい食事と酩酊酒を提供してるけど、それでもしばらくはこの状態が続くから休む暇は無いわよ」


 10膳重ねて持っているのに、重さなど全く感じないとでもいうようにすたすたと進む蓮に遅れないようについていく。外にある膳を運ぶ作業なので、宴の方に顔を出さずにすんだ事にほっとしつつも、一体何往復することになるのだろうか?とあの山積みの膳を思いげんなりした。


 厨房と典麗宮の間を何十回往復したのかわからないくらい働き、やっと落ち着いてきた頃には月がのぼりはじめたいた。


「今日はお疲れ様。太厨師が小龍包くれたから、食べたらもう帰っていいわよ」

 

 膳を置いてからまた典麗宮に戻ろうとした時、先に運んでいた蓮に声を掛けられ小龍包を渡された。


「蓮さんは?」


「あたしもあとちょっと片づけしたら帰るわ」


 そう言って背を向けようとする蓮に、すでに忘れかけていた当初の目的である淑貴宮への道を訪ねる。


「叔貴宮?こっからだと宮城挟んだ向こう側にあるから、典麗宮を裏から通り抜けて行った方が早いわよ。詳しい場所は勇呉門の門番に聞けば教えてくれるはずよ」





 蓮の助言に従い、雪鈴は典麗宮を通り抜けて行く事にした。ずいぶん長い間歩いていたとは思っていたが、どうやらかなり道を間違えていたらしい。後宮の全体を見回る前に淑貴宮の周りの場所を把握する事から始めた方がよさそうだと考えを改めた。食べずにとっておいた小龍包を懐に入れ、帰り道を辿る。

 

 月はもう少しで満月ということもあり、夜でも充分明るく周りを照らしている。これなら道筋さえ間違えなければ戻ることができるだろう。

 後宮への入り口である勇呉門が見えてきたあたりで、宮城の片隅にぽつんと一本だけ植えられている梅の木の姿が目に入る。散り時なのだろう、花弁が風に吹かれはらはらと落ちていく、その寂しげでありながら風情のある美しさに雪鈴は足を止める。もっと間近で見てみたい。惹かれるように梅の木の方へ足をむけた。

 

 そうして進んでいくうちに、最初は陰に隠れて見えなかったが、梅の木にもたれかかる青年―林将軍―がいることに気が付いた。

 多分、宴に呼ばれたのだろう普段の甲冑姿ではなく官服を着ていた。彼はこの国の男性の中でもかなり背が高く、他の武人達と並んでも頭1つ飛び出ているため薄暗い中でも判別しやすい。今は亡き兄も同じくらい背が高かったが、どちらかと言えばひょろりと細かった兄に比べて、武人らしいがっちりとした体つきをしている。

 亡羊とした眼差しで月を見上げるその姿が、一瞬初めてであった頃の陽賢とかぶり思わず声をかける。


「林将軍?」


 その声に林将軍は、首を動かし雪鈴の方を見た。目が合うが、言葉を発するわけでもなくまるで雪鈴の姿を確認するかのようにじっと見つめられる。


「……あ、あの」


 お互いに見詰め合い、無音の時間が続く。自分から声をかけたのに、何も考えていなかった雪鈴は段々気まずくなっていく空気にどうしようと目を泳がせる。何か、言わなければと服の袷に手を無意識に置いたところで、懐に入れていた小龍包の存在を思い出した。


「これ、食べてください!!」


 懐から取り出した小龍包を林将軍の手の上に乗せるようにして受け取らせると、踵を返しそのまま勇呉門の方へ逃げるように駆け出した。


(やってしまった。絶対変な女官だって思われるだろうな)


 その後部屋に戻った後も自分の行動に後悔したが、こんな暗がりで会った人間の顔なんて覚えていないだろうし、後宮にいる以上もう出会わないだろう事に安堵した。









 門の奥に消えた背中を見送ると林青徳は手に渡された小龍包に目を落とす。

 宴に出ている人達の心の声に酔って、席を外し休んでいたのだがまさかこんなところに人が来るとは思わなかった。

 彼らのあまりにも気持ちの悪い思考が頭の中で反響していたせいで、さっきの女官が何を言っていたのか全くわからなかったが、少女特有の少し高めの音だけが妙に耳に残っていた。


「おにいちゃん。おかえりなさい」


 昔の一番暖かい記憶。自分に向けられたわけではない思いであったが、その思い出は青徳にとってとても重要な意味を持っていた。

 そう、彼女の声は、あの思い出にいる顔も覚えていない少女ととてもよく似ていた。 





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