2 玄武視点
典麗宮は南を王城、北を後宮で囲まれた国王の私室に近い場所に位置している。
位置的には後宮に三方をほぼ囲われた形になるのだが、大臣を召見し執務を執り行うだけではなく、宴の際に用いることもあり、男の出入りを許されている場所でもあった。
国王玄武の左隣には王妃月麗が座り、献華祭のために呼ばれた三華姫が二人を囲む様に左右に分かれそれぞれ座っている。
国王から見て右側、つまり横にいるのは仙人の血を引いている月家の長女・菖歌姫。年は15歳だが、独特の雰囲気を持ち嫋やかな肢体に、黒髪黒目が大半のこの国では珍しい翡翠色の瞳を持った美少女だ。
そして菖歌姫の横にいるのが、代々軍人として仕えている軍家の名門黄家の出で、父に近衛禁軍右軍将軍を持つ17歳の香蘭姫。特別美人というわけではないが、女性にしてはすらりと背が高く、剣をたしなんでいためか、武人のような凛とした空気を纏っている。
最後に王妃の左に座っているのが、朱宰相の孫娘である13歳の花淋姫だ。たくさんの宝石をその身に飾り、親の愛情と期待を一身に育ったであろう少女は、何気ないふりをしながら月麗の顔を見て、勝ち誇った顔をした。
少し濃いめの化粧のせいか、年齢よりも年上にみえるが、まだ幼く稚いという印象が強い。だが、育てばさぞや美しくなるであろうことが伺える整った顔立ちをしていた。
彼女たちを歓迎する為の宴は、表面上は和やかに行われ、集められた大臣たちも口々に三華姫を褒めやかしている。
玄武は、三華姫として後宮にやってきた少女達、もとい側室候補たちを見て、そっとため息を吐いた。
そう、彼女たちは結婚4年目を迎えたのにいまだに子供ができない国王のために、次代の国母候補として呼ばれたのだ。
(陸妃がいない今。この大陸では、何年も子供が生まれないこと位そんな珍しくないだろうに)
今回の事を取り計らった者達に対し、玄武は頭が痛くなる思いだった。
(もし、月麗をないがしろにしたということで、陸帝陛下の怒りを買ったらどうするつもりなんだか)
陸帝は陸神ともいい、この大陸の化身である神だ。
その存在そのものが鳳乾を支えており、陸帝の加護によって、大陸は栄える。
しかし、先代の陸帝とその妻である陸妃がさる事情で彼が生まれてすぐに亡くなり、残された子供の陸神は自身の半身たる大陸に無関心だった。
その心は大陸全体に反映され、木々の実りが少なくなり、水源は枯れはじめ、国はわずかな資源を求めて戦を繰り返した。
百数十年続いた戦は、そのわずかな実りすら奪い去り、それを求める人の数も減らしていった。
民たちは神に祈るが、その神が自分たちを見捨てているという現実に、人心も次第に荒れだし、誰もがこのまま大陸が朽ちていくものだと思った。
そんな中、陸帝は貧しさのあまり親に捨てられた一人の幼児を何の気まぐれか拾って仙界で育てることにした。
月麗と名付けられた少女は、陸帝の保護のもと健やかに育った。
全てに無関心だった陸帝は一途に自分を慕う娘を溺愛し、彼女を産み出した大陸へ関心を向け始めた。
下界に住む人々は、しかしそんな事情は知るはずもなく、実りが増えたことを単純に喜んでいた。
同じように大陸の事情など知らずに育った月麗は、大きくなるにつれ自分が産まれた大陸に興味を持ちはじめ、下界と神仙界を行き来するようになった。
そして、戦で傷ついて山に逃げ隠れた玄武と出会い、恋に落ちた。
次第に惹かれあう心とは裏腹に、陸帝と月麗の関係を知り、大陸に住む者にとっては希望に等しい存在である月麗に手を伸ばすことを恐れ、一度玄武は身を引こうとした。
それなのに、二人の関係を最後に後押ししたのは二人の関係を反対をしていた陸帝だった。
玄武はそして月麗の手を取り、結ばれた。
結婚した当初は天候が不安定になったりもしたので、一時はどうなるかと思っていたが、意外にも大陸の状態は安定しており特にここ数年の収穫量は年々上がり調子である。
そのため玄武も王として、月麗と陸帝が会うのを、容認しているのだ。
だからこそ、やっと落ち着いてきたこの状況にわざわざ波風を立てようとする者達に憤りしか感じることができない。
献華祭の特例として、後宮入りを認めたが、あくまで祭りの為でありそれ以外の理由で他の女性を後宮に入れる気などないというのに。
わかっていても権力に手を伸ばさずにはいられない強欲さに、ほとほと呆れかえるしかない。
(折角集まってきた美しい少女達には悪いが、一か月後には丁重に後宮から退出してもらおう)
玄武は気持ちをまとめると隣に座る月麗を見て微笑んだ。
月麗は玄武の視線に気が付くと、穏やかに微笑み返す。出会った当初は、元気で明るい少女だったが、王妃となってからここ数年では落ち着きを持つようになり大人の女性へと変わりつつある。
だが、誰にでも優しく強いその心は全く変わっていない。
色々裏で画策している者たちもいるようだが、とりあえず目立った動きをしたものは早々に叩かせてもらう。
彼女以外を妻に持つ気などさらさらないのだから。