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陸妃(仮)  作者: 新田 船
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「さぁ、いただきましょう」


 部屋に戻ると卓の上に食事は雪鈴の分だけではなく、碧玉、楊の分も用意されていた。そして、促されるままに3人で卓を囲んで食べる流れとなった。

 

采の後宮では同じ食卓で違う食事を食べる時、最初の一口は相手のものを食べるという『輪食』という慣習がある。それにならい、すこしずつ小皿によせて食べた後、3人で少しずつ内容の違う料理をそれぞれ味わった。

 鶏肉ときのこで出汁をとったという汁粥を木さじにすくい、軽く息を吹きかけて少し冷ましてから口に運ぶ。薄味だが旨みが染み込んだそれはじんわりとした温もりをもって胃に優しく染み渡る。

 雪鈴は神仙界にあがってから色々な食材を食べるようになったにも関わらず育ちのせいで未だに食べ物に関して美味しい、そこそこ、食べられるという大雑把な区分でしか表現できない残念な舌の持ち主であるが、食べる人の事を考えて丁寧につくられた料理には表情をゆるめた。

質素だが贅沢な料理に、ほんの少し、胸がぎゅっと掴まれたような気持ちになるがそれから目をそらして、もう一口、もう一口とゆっくりと食事を口に運ぶ。


「小雪は食べ方が綺麗ね」


「そうでしょうか?」


 静かに器を下ろし、自覚していなかったというそぶりで首をかしげるが、内心ではほっとしていた。

 陽賢に嫁ぐまでは、箸の正しい持ち方すらろくに知らなかった。そして、周りの人たちも同じようなものだったから気にも留めずにいた。

 だが、神仙界で陸帝の傍にいるにあたってそれなりの礼儀を当然の様に求められた。器の持ち方から、箸の上げ下げにまで手順があるなど全くと言って知らなかった雪鈴に、一から丁寧に教えてくれた当時の傍仕えの人には感謝してもしきれない位である。そして、それからすぐに東屋の方に居を移ることになり、後見となった方の手配により作法の指南役として呼ばれた鳴音の指導を受けることになった。

 指導とは言うが、基本的に鳴音はあまり口出しをしない。しかし、絶世の美女が美しい所作で食事をしている前で、器からご飯をかきこんで食べるような真似ができるほど雪鈴の神経は太くなかった。見よう見まねで、日々気を付けていたのはどうやら功を奏していたようだ。


「えぇ。それに、本当に幸せそうに食べるのね」


「こちらのお食事はどれも美味しいので、つい……」


「雪は、苦手な食べ物とか、ないの?」


「苦手……ですか?あんまり食べ物でそういうことを考えたことはないです」


「それは羨ましい。私は人参があまり好きではなくて」


「青椒、嫌い」


 ため息をつく碧玉に、雪鈴は苦笑した。


「私は両方とも好きですよ。どこを食べても問題ないですし、食べ過ぎても悪いものではないので」


「判断基準が味ではないのね……」


 楊に少し不思議そうに聞かれ、何か変なことを言ったのかと先ほど口から出した言葉を頭の中で反芻したが、分からなかったので内心で首をひねった。しかし、それを口に出すことも何となく憚られ、楊も特にそれについて言及する気がないのか、次の話題に移った。


 そうして、会話をしながらも順調に箸を進め、食べ終わった後は碧玉が淹れてくれた茶で一息つくことになった。

 蓋つきの杯で出されたそれを手に取り蓋を取ると、甘い香りが鼻孔をくすぐった。ここ1年の間でなじみを覚えたその香りに、思わずぽつりとその茶の名をつぶやいた。


「笹花茶……?」


 その言葉に碧玉は少し目を見開いた後、何事もなかったかのように笑顔を見せた。


「うん。私の一番、好きなお茶」


「そうですか。後味がさっぱりしてるから、私も好きです」


「さすが献上茶として名を連ねているだけあって、香りも味も申し分ないわねぇ。でも、碧玉がこのお茶を出すなんて珍しいわね。いつも特別な時にしか淹れないのに」


「うん、特別。解熱の薬効も、ある、から」


「そう。随分と仲良くなったのね」


 そんな会話を耳に流しながら、雪鈴は器に視線を落とした。

 雪鈴は陽賢に茶を淹れる時は、複数の茶器を用いて蒸し時間やお湯の温度など細かな手順でいれるようにと教わっていた。笹花茶もよくそうして言われた通りに淹れていたが、碧玉が淹れてくれた蓋碗――蓋つきの杯に直接茶葉を淹れて飲む簡単な方法でも、十分に美味しい。

 それとも、もしかして自分の茶を淹れる腕前はただ茶葉を淹れて飲むだけ以下なのだろうかと表情にはださずに落ち込んでいると、不意に話を振られた。

 

「そういえば、先ほど小雪が碧玉に何かお願いをしていたのだと紫雲から伺っているのだけれど、何を頼んだのかうかがってもよろしいかしら?」


「?」


 その内容に一瞬何のことかと思ったが、すぐに寝付く前に碧玉にした『お願い』のことだと思い至った。口から出まかせで言った『お願い』のため、話しても大して問題ない内容ではあるが、わざわざ紫雲を遠ざけてまでしたものなので、言い出しづらく、口ごもって視線をさまよわせると碧玉と目が合った。

 その瞳を見ていたら、何故か繋いでいた温かい手の感触を思い出す。温もりを分け合ったその時のことを思い返すと、するりと口から言葉が出た。


「内緒、です」


 一度楊に視線を戻したあと、再び碧玉に目を向け、唇に人差し指をあてた。


「禄女官も、内緒にしてもらっていいですか?」


 この年であんなお願いをしてしまったのがちょっと恥ずかしいので、と言葉をつづけると碧玉も同じような仕草をする。


「うん。内緒に、する」


 気恥ずかしそうに笑う。その様子をみていた楊からはくすりとした笑いが漏れた。


「二人の秘密なのね。でも私にも何かできることがあったら遠慮なく言ってくれると嬉しいわ」


「お気遣いありがとうございます。では、何かありましたらお願いします」


「また、私を頼ってくれると、嬉しい」


 当たり障りのない返事を返す雪鈴に碧玉がそういうと、何故か楊は「本当に仲が良いこと」ところころと鈴を転がすような声で笑った。

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