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陸妃(仮)  作者: 新田 船
23/27

19 鳴音

陽賢の呼称を陛下から今上に変更します。国王陛下と混同してわかりづらかったので……すみません

 神仙界において陸帝が住まう宮殿の西には一番近い対岸までの距離が数里もある大きな池が広がっている。そして、透明度の高いその池の中心部には陸帝の私邸が存在していた。

 池を造設する際に一緒に建設された人工島の上にあるそれは、周囲を白い外壁に囲まれており、外からは中の様子はほぼ伺えない様になっている。元々東屋だけがあった場所に建てられたため、陽賢は現在でも東屋と呼んでおり、雪鈴もそう認識しているふしがあるが、それは典雅宮とも呼ばれる立派な邸宅であった。


「本当に、何ごともないのだろうか?」


 陽賢はその邸にある二階建て楼閣から物憂げに庭園を眺めながらそうつぶやいた。

 纏っている衣装は陸帝として着ている色彩豊かで華美なものとは異なり、濃紺の落ち着いた色合いの服で、その裾から伸びた手は雪鈴との連絡用の手鏡を意味なくもてあそんでいた。

 献華祭もようやく半月が過ぎたというのに、定期的な報告以外では全くと言っていいほど何の反応を示さないそれは、いまは陽賢の姿しか映していない。


「そうお思いでしたら、様子を見に行かれてはいかがでしょうか?」


「それはできない。この時期に用もなく私が王宮へ行こうものなら月麗の面子を潰すことになる」


 王妃となり初めて自分主導でおこなう献華祭に月麗は力を入れていた。そこに、陸帝が姿を見せたならたとえ何もしていなくても、養父りくていの威光がなければ何もできないと思うものが少なからず出てきてしまう。過保護な父親として、これまでも何かあれば義娘のために動いてきた陽賢であるが、流石に今回は自粛をしているらしい。


 鳴音は淹れたばかりの茶を陽賢の前に置くと、無礼にならない程度にその顔を伺った。眉間に皺を寄せ、憮然とした表情は現在の状態に不満を抱えているのが見て取れる。

 茶卓から指を離し一歩下がる鳴音に陽賢はちらりと視線を向けた。


「そこで、意見が聞きたい。雪鈴の『何事もない』という言葉を信じてもいいと思うか?」


「木妃様がそうおっしゃるのでしたら、私はそれを信じます。ですが、今上がそれを質問するということは信じておられないという事なのですか?」

「……信じていないというより、あれとは認識に違いがあるというべきか。いや、それだと、信じていないことになるのか?」


 鳴音からの切りかえしに、陽賢は自問するように呟いた。

 

 献華祭の間、陽賢は雪鈴が不在にもかかわらず、典雅宮に足を運んでは雪鈴が連絡してきた内容を鳴音に伝えていた。但し、その報告内容は調べれば誰でもわかる様な些末な事ばかりのため、主に話す内容は雪鈴の近況についてだった。

 曰く、諸事情で月家の姫に蓮という女官が仕える事になり、不慣れな雪鈴の面倒を見てくれている事、後宮事情について話してくれている5人の女官は美味しいものを分けてもらい優しくして頂いているなど、陰謀渦巻く後宮にいるとは思えぬほどに穏やかに過ごしているらしい。

 主の事を心配していた鳴音は、その事に少なからず安堵していたのだが、特に何もないと言われてもにわかに信じがたいと陽賢は雪鈴の言葉を素直に受け取れないでいるようであった。

 

「心配ならば木妃様ではなく、他の方を采の後宮へ送ればよろしかったのではないでしょうか?」

「……別に心配なわけではない。それに、もともと月麗の所に誰かを見に行かせる予定ではなかった。雪鈴の後見から提案されたから玄武の後宮へ送っただけだ」

「あの方が、ですか」

「あぁ、ある程度の礼儀作法を身に着けさせたのだから、一度同じ年頃の育ちのいい娘達と触れ合う機会を持たせてはどうか、とな」


 初耳の内容に目を見張る鳴音に、陽賢はうなずくことで肯定を示した。

 現在、雪鈴の後見は彼女が神仙界に来たばかりの頃から世話をしていた女性の夫である。今はとある事情で宿下がりをしている彼女につきっきりのため、雪鈴にまでかまけている余裕はないと思っていたが随分と余計な事を言い出したものだと、鳴音はかの者がいるであろう南の方角を睨んだ。

 

「だがあれにまだ足りない所があることは承知している。粗相をした場合も含めて、月家には当主の娘の婚礼祝いを含めた謝礼をすでに渡してある」

「存じております」


 年頃の娘への贈り物を選ぶ手伝いをさせられたのは鳴音である。売れば采国の中流貴族が一年間遊んで生活できる程の価値を持つ財物は、一ヶ月間少女一人の面倒をみてもらう分にしては十分すぎるほどだろう。


「でしたら、なぜ月麗様の周りの調査など」


 だからこそ、そこまでしておいて何故わざわざ危険な真似をさせようとしているのか鳴音には分からなかった。


「ただ貴族の娘達と交流をしてこいと言っても、育ちが違うあれでは気後れしてしまう事は目に見えている。月麗のためと言えば、大抵の事は納得するからそれに便乗しただけだ。危険なことはするなと伝えてあるから多分大丈夫だろう、とは思うのだが」


 その言葉に、甘い。と、鳴音は思う。

 月麗が王妃として住まう采の後宮も現在は落ち着いているが、現王太后が王妃であった時代は前王の寵愛は側室にあり、前王はその妬みをそらすために亡国の王女である現王太后を正室に据え続けていた。そのため、権力に取りつかれた魑魅魍魎が跋扈していたと聞いている。

 たとえ、現王太后が息子が玉座に着いたのを機に後宮の人員を一斉に整理したとしても、人の悪意が凝縮していた場が持つ独特の負の面はそう簡単になくなることはない。


 危険な事に足をつっこまなくても、誰かにとって都合の悪い時に偶然居合わせることもありうる。月家の侍女としての立場の者に手を出すものがいるとは思えないが、万一先走る者がいて、雪鈴に何かしらの害が与えられたらと思うと、鳴音は気が気でなかった。


(どうしてこのお方は、変に楽観的というか、無頓着なところがおありになるのか)


 心の中でため息を吐きながら先ほどの会話を思い返していると、ふと、引っかかるものを感じた。


「少し伺いたいのですが、月麗様の事は心配ではないのでしょうか?」


 てっきり『何事もない』というのは月麗の事に対してかかっていると思っていたのだが、会話の流れからすると雪鈴について言っている様に聞こえたため口にした疑問に、陽賢は呆れた様な声を出した。


「心配に決まっているだろう。だが以前それであそこの王太后に言われてしまった事があってな。それに、あれも月麗はあの国のものだから、何かあればあの国が対処するべきだと言っていた。心配しても見守る権利しかないとは…………本当に、親というのは不便なものだ」


 かといって、娘に何か起きていると知ってしまったら動かずにはいられない己の性が分かっているので、下手に様子見すらだせないと陽賢は溜息を吐く。もし、あのどこか暢気なところがある雪鈴がその様な情報を持ってきたのなら、よほど事態が逼迫しているということだ。

 持っていた鏡を意味も無く傾けると、反射で後ろに控える鳴音の姿が映る。


「一般的な親とはそういうものらしいですからね。それでしたら、木妃様だけでも宮城にいる朱雀の者に鳥をつかわせて様子を見てもらってはいかがでしょうか?」


「――いい。どうせあと半月もすれば戻ってくる。そちらの言う通り、あれの言葉を信じることにしよう」


 話に区切りをつけると、卓の上に鏡を伏せて置かれた茶に口を付ける。一瞬茶碗を持つ手が不自然にとまったが、そのまま何事もないように口を離し、その水面に視線を落とした。


「笹花茶か」

「お口にあいませんでしたでしょうか?」

「……そんなことはない。雪鈴と違い、美味い」


 そう言いながらもどこか物足りないものがあるというような声音に、鳴音はどこかしょうがない者を見るような目を向けていたことなど、下を向いていた陽賢は気づくはずもなかった。

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