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「貴女官とろ……禄女官?どうして貴方方がここへ?」
史女官は室内にいた予想外の人物に目をしばたたかせた。
「私たち、木侍女のお見舞いに来たんですの。史女官こそなぜ三華姫の侍女の部屋に?」
「私はそちらにいる木侍女に少しお伺いしたいことがあったのですが……」
そういうと、上半身を少し傾け紫雲の影に隠れてみえない雪鈴の様子を伺う。
布団をかぶったまま応対するのもどうかと思い身体を起こそうとした雪鈴だが、碧玉がそれを押しとどめるように上から押さえつけられる。「目をつぶって」と小さな声で囁かれ、疑問に思ったものの何故か逆らう気も起きず素直に従った。
「申し訳ございません、史女官。彼女は今足の怪我がひどく一睡もできないほど具合が悪い状態なのです。お話があるのでしたらまた後日改めたほうがよろしいかと」
史女官は王妃の傍付きで官位が高いのはわかるが、いやに慇懃な口調で紫雲は意見を述べた。
「そう」
「そうなの。ですから史女官、出て行ってください」
何か言おうとした史女官の言葉を碧玉は遮る。普段のたどたどしい話し方からは考えられないくらいきっぱりとした物言いに、史女官は目をほんの少し見開き、一拍おいてからくすりと笑った。
「禄家の姫君、私はほんの少々彼女に確認したいことがございまして伺っただけでございますの。些細な事ですから、何をお考えか知りませぬが姫君は何も気になさることではないのですよ」
言葉の表面だけをなぞるのなら何の変哲もないただ相手を思いやっているだけにも聞こえるのだが、「姫君」という単語をいやに強調したそれに何かを感じたのか碧玉はその言葉に掴んでいる掛布を強く握りしめ、紫雲は眉をひそめた。
「ですが寝ているのでしたら、再度改めますわ」
そんな二人の様子に気付かないはずないだろうに、史女官は「では失礼します」と何事もなかったように身を翻し部屋から去っていった。
「一体、何の用だったんでしょうか?」
次第に遠ざかってゆく足音にしたがい、上から抑えられる力がゆるんでいくのを確認すると雪鈴は布団から上半身を起き上がらせ、彼女が出て行った部屋の扉を見て呟いた。紫雲も大きくため息を吐いて首を振る。
「……さぁ?きっと昨日のお茶会を自分で誘ったのに用事があっていけなかったから様子をききたかったとかそういう理由じゃないかしら。ね、碧玉」
「大したことじゃないって、そう言ってた。だから、なんでもないの」
疑問に答えるというよりは、まるで自分に言い聞かせるかのように碧玉は言った。手がかすかに振るえているの気付き、どうしたのかと聞こうとしてその表情を伺った瞬間、言おうとしていた言葉を喉の奥にひっこめた。
そして、別の言葉を口にした。
「そう、ですね。何もないのなら、よかったです。それよりも布団に入ったら、少し眠くなってしまいました。折角来ていただいて申し訳ないのですが、休ませてもらってよろしいでしょうか?」
「あ、そうよね、もともと具合も悪かったのだし。さ、そういうことなら碧玉も戻りましょう」
その言葉を聞いて、紫雲は碧玉の手を引いて部屋をあとにしようとするが、雪鈴はそれをやんわりと手で制した。
「いえ……、その、そのですね、禄女官にお願いがあるので、少し残ってもらいたいのです」
「え?」
碧玉の空いている方の手の裾を掴み、戸惑ったような表情を浮かべた彼女に視線を合わせる。
「だめ、でしょうか?」
「それは、私ではいけないの?」
口を挟んできた紫雲に向けて、軽く首を振る。
「彼女にお願いしたいんです」
そう答えた雪鈴に、少しの間をおいて碧玉は了承の言葉とともに小さくうなずいた。碧玉に文句がない以上、紫雲はそれ以上何も言えず、「昼までには戻ってくるのよ」と告げ去って行った。




