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陸妃(仮)  作者: 新田 船
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プロローグ1



「家族にならないか?」


 戦火で国を追われ、家族を失い、ずっとずっと寂しかった。

 彼が一番愛している人が誰なのかも知っていた。

 自分のことをどうでもいいと思っているのも知っていた。

 でも、私は家族が欲しかった。


 だから彼の言葉にその手を取った。




 王宮の一角にある回廊で一人雑巾がけをしていた木雪鈴もくせつりんは、軍の訓練場の方から賑やかな声が聞こえてきて足を止めた。何事かと顔を上げると、訓練場の方向から軍人である友人の鉄燕てつえんが手をふりながらこちらにやってきた。


「お、やっぱここにいたか。雪鈴、今から将軍と陛下が手合わせやるみたいだから、見にいこうぜ?」

「えっ、でも仕事が……」


 友人の誘いに心惹かれるものを感じつつも、彼女はまだ磨き途中の床を見た。


「そんなんあとでやればいいだろ?王妃様もきてるんだぜ」

「王妃様が!」


 仕事途中だということを知りつつも憧れの人―王妃―が現れるという言葉につられ、雪鈴は仕事を中断して燕と訓練場へ向かった。


 二人が訓練場に着いたころには、すでに人だかりができており人の隙間から二人の青年が対峙している姿が目に入った。片方の青い袍を着た背の高い青年は、最年少将軍の林青徳りんせいとく。もう一人の赤色の袍を着た美貌の青年はこの国の国王・周玄武しゅうげんぶだ。

 国でも一二を争う剣の使い手でもある二人は、常人では目で追うのも難しい速さで剣を交わす。無駄のないその動きに、誰もが目を奪われ、息をのむ。

 現に横にいた燕も興奮に目を輝かせていたが、全く剣に興味のない雪鈴は、戦う青年達ではなく彼らをはさんで反対側にいる一人の少女を見ていた。

 武人たちの中にあって、美しい衣装を纏った少女の姿は目立っていた。

 他の人たちと同じように青年たちの剣技に見入っている少女の周りは、少女を守るように高位の武将たちで固められていた。

 彼女こそ、この国の王妃である天月麗てんげつれいだ。


 (よかった。お元気そうだ・・・・)


 先日風邪を引いたのだと、宮城の噂で聞いていたので心配していたが、全くその様子がみられないことに雪鈴は安堵した。


「何王妃様の方を見てんだよ。相変わらず王妃様大好きだなー」


 雪鈴の様子に気が付いた燕は、ちゃかすような口調で言った。


「悪い?」


 大陸で長く続いていた国同士の争いは、各国の力が均衡した状態が続いているためほぼ膠着状態になり、ここ数年は平和な日々が続いていた。

 他国との和平の為、陛下を助け民に尽くした王妃の人気は民の間ではかなり高い。雪鈴も例にもれず王妃に憧れを抱いている一人だ。


「まっさかぁ。この国の人間で王妃様を嫌う人間なんてそうそういないだろ。なんたって陸神の加護を得ているお方だぜ。でも、せっかくこんなすごい勝負をやってるっつーのに、女の方ばっかみてんのはどうよ。おっ、勝負が決まるみたいだぜ」 

 

 燕の言葉通り、キィンと高い音とともに陛下の剣がはじかれ勝負は、林将軍に軍配が上がった。

 周りから歓声があがる。月麗王妃は、林将軍と陛下に駆け寄り、ねぎらいの言葉をかけようとした。

 その時、彼女は石畳に足をとられ倒れこみそうになる。

 陛下が月麗王妃に手を伸ばそうとしたが、その前に後ろから伸びた手が彼女を引き寄せた。


「大丈夫か?」


 美しい声が、月麗王妃の耳を震わせた。

 長い黒髪を結わえもせず背に流したその人物は月麗王妃を腕の中に引きよせ、いとおしげに抱きしめる。一国の王妃に対する態度としては、無礼といってもおかしくないほどに慣れ慣れしい行為であるが、誰も彼を咎める者はい。

 それどころか、その場にいた王妃を除く全ての人々がその場に叩頭した。


 この大陸 鳳乾ほうけんの頂点にいる者にしか着れない黄袍を纏い、女ならば誰もが見とれずにいられないほどに整った美貌を持つ人物はこの世界には一人しかいない。


「陸帝……」


 大陸の神、鳳乾の神帝である彼の名前を誰かが呟いた。突然現れた貴人に誰もが驚き口を閉ざしていると、陸帝の腕に抱きかかえられていた王妃がその腕からするりと抜けだし、笑顔を向けた。


「お父様、ありがとうございます。本日は、どうなさったのですか?」


「少し時間ができたから、久しぶりに娘の顔を見にきた」


「そうですか。それでは、最近いいお茶がはいったので、一緒に飲みましょう宮城の方へご案内致します」 


 月麗王妃はそういって、傍で控えていた侍女に先に陸帝を案内するように頼む。侍女は、突然指名されたことに驚きながらも立ち上がり陸帝を先導し宮城の方へ連れて行った。

 陸帝は去る際にちらりと周りを見渡すと、すこし顔を上げて周りの様子を見ていた雪鈴と目があったが、すぐに興味なさげに顔をそらされ、雪鈴も何事もなかったかのように頭を下げた。

 そして、その姿が見えなくなると月麗王妃は陛下の元へ行き、膝をついて手を差し出した。


「うちの父が申し訳ございません」

「君が気にすることではない。あの方のきまぐれにはもう慣れたよ」


 その手を取り、立ち上がった陛下は妻を抱きしめる。


「皆の者、折角盛り上がっていたところ申し訳ないが、私は戻らねばならない。林将軍、また勝負をしよう」


 そう言い残すと、王と王妃、その側近達は訓練場を後にした。

 そのままの流れで集まっていた人たちも、それぞれ立ち上がりぱらぱらと解散し始めた。




「まっさかあの流れで、いきなり陸帝が現れるとわなー」


 仕事の持ち場に戻る雪鈴を送るからとついてきた燕は、先ほどの出来事について語りだした。


「一応娘って言ったって王妃様も人妻なんだからちょっとは気を使った方がいいと思うんだけど」


 月麗王妃は元は孤児であったが、陸帝に拾われ養女として育てられた方であるのは有名な話だ。そして13歳の時まで神仙界と人界の両方を行き来して暮らしていたが、ある時戦で敗れ重傷を負った陛下―当時は太子―を助けたことから二人は出会い、恋に落ちた。

 そして多くの障害を乗り越え結ばれたのだが、その障害の一つであった陸帝の娘への溺愛は過保護という形をとって未だに続いているのだ。


「でも、それだけ大切だってことでしょう?」


 不敬ととられかねないあけすけな燕の言葉に、思わず周りを見回しながら反論する。


「馬っ鹿だなー。いくら義父とはいえ、顔のいい男が自分の奥さんのそばにいたら普通に嫌だろ?お前も男心を分かれよ」


「男心って、私女なんだけど……」

「知ってるって。何馬鹿なことを言ってんだか」


 その言葉とは裏腹に肩を組み、体重をのせてくる燕の態度に内心でため息をつく。

 なぜか周りは雪鈴を女と『知って』いるのに、男として『認識』している節がある。そもそも、王宮勤めとして後宮の下女を志願していたのに、官吏たちの仕事場である王城に『下男』として雇われた事自体が雪鈴にとって不思議でならなかった。

 しかし伝手があったとはいえ、身寄りもなく、後見人もいない孤児の自分が仕事にありつけた事自体が奇跡的なものだと知っているので、文句などいえるわけもない。

 そうこう話しているうちに、元いた回廊近くまで着くと燕とも別れ、再び雑巾を手にとった。


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