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主善宮の印象はとにかく派手、この一言に尽きた。
もとは国王の側室でも位の高い者が住まう宮として使われていた場所であったが、現国王が側室を持たない為使わない宮を改築し、現在では一部の女官達が達が寝起きする場所として使われている。
叔貴宮は祭祀の為に用いられているので、品よく落ち着いた雰囲気の場所であったというのに、この主善宮は朱塗りの屋根に、藍色の柱、細かい彫刻をあしらった回廊など、そこかしこに贅を凝らした工夫が伺える。
「ここに住めるのは後宮女官の中でも品の高い家柄の人たちだけよ」
数歩前を歩く蓮の説明を聞きながら、周りの景色を見る。
後宮の女官達の住む場所だと聞いていたので、もう少し質素な場所だと思っていた雪鈴は極彩色の宮に目が痛くなるのを感じた。
もともと後宮で正室である王妃以外の女性は、たとえ側室であろうと身分としては宮女である。
だから、妾妃のいない今の後宮で身分の高いものが使うのはおかしくないという理屈らしい。しかし、王族付の女官は王族の住まう宮の近くに住まわっており、主善宮へ行く道自仕事をするにも不便な場所にあるのだが、そこらへんはいろいろと事情があるらしい。
寝室などのある建物の外にある中庭に机や椅子が用意されており、女性達はすでにいくつかの集団に分かれてたわいない会話に戯れていた。
その内の集団の中で、柳の木の下にしつらえられた円卓に座っている見知った5人組の姿が目に入った。思わず足を留めると、向こうもこちらに気が付いたらしく、視線があったので軽く頭を下げる。
「雪ー!!最近顔見せないと思ってたけど怪我たんですって」
後宮での情報収集の為に、何度か話したことのある5人組の一人―貴 紫雲―は大きく手を上げて立ち上がると雪鈴の方に歩いてきた。
「貴女官こんにちは」
紫雲は雪鈴の全身に視線を走らせると表情を曇らせた。
「今度は腕を怪我したって聞いたけど、足の方も直ってないみたいじゃない」
「腕を怪我した時に足もひねってしまって・・・」
「ふーん。じゃあこんな所に立ってないで、早く座りましょ」
紫雲は雪鈴の背に周り軽く背を押すようにして歩くよう促してきたので、傍らにいる蓮にどうするのかと視線を向けると、彼女の周りにはにいつの間にか何人もの女官が囲むようにして立っていた。
「私は他の女官仲間と一緒にいるから、雪はそっち行ってらっしゃい。多分こっちは積もる話もあるし、遅くなると思うからお茶飲んだら先帰ってて」
女官達の合間から、蓮は雪鈴に声をかけると軽く笑って、ひらりと手をふった。
「ほら、李女官もそう言ってることだし早く行きましょ」
じれた紫蘭は更に強く手を引っ張る。ほほほほほ、と女官達も笑いながら蓮の姿を隠すように連れて行き、二人は別れた。
*
紫雲が近くから椅子を持ってきてくれたので、席についたとたんに他の4人が一斉に話しかけてきた。
「私の家の実家から美味しい砂糖菓子をもらったの。食べてみて」
「丁度今、恋占いをしていましたの」
「お茶飲むでしょ?茉莉華茶と菊花茶あるけどちらがいい?」
「・・・・こっち、向いて。あーんしてあげる」
台詞順に天藍、黄楊、宣紅、禄碧玉である。席も左隣にいる紫雲から始まりこの並び順となっている。
「ありがとうございます。禄女官、片手は動くので大丈夫です」
切り分けられた水果をる雪鈴の口元に持っていこうとする右隣の席に座る碧玉の手を軽く押し返す。
「あーん、したいのに・・・」
不満げな顔でしぶしぶと引き下がる碧玉の頭を紅が撫で、他の3人がその様子を微笑ましく見守る。この中では最年長の紅が19歳、藍と楊、紫雲が17歳で碧玉が一番年下の13歳だ。4人は年下の友人を妹同然に可愛がっており、なにかにつけて甘やかしている為、年よりも幼いと感じるところがある。
そんな彼女も思春期に差し掛かり、周りの子供扱いに不満を感じているらしいが、5人の仲は至って良好だ。
もともと後宮に入った時期が一緒で、全員名前に色が入っている事が話しかけるきっかけとなり、仲良くなったらしい。
上流貴族の出である楊と碧玉以外は、地方の豪族出身と身分に差はあるが、彼女たちにとってそんなことは関係なく、時間さえあれば何かにつけて集まっている。雪鈴の知る中で後宮でもっとも仲が良い5人組だ。
「そういえば、怪我の件はとても災難でしたわね」
碧玉を一通り構い終わると、紅は雪鈴の為のお茶をつぎながらそう口を開いた。
「転んだのは、花淋姫にあてがわれた室の近くだったんだって?」
「どうして、他の姫の室近くに行ってたの?」
紅の台詞を待っていたとばかりに質問を投げかけてきた藍と紫蘭の質問に苦笑を返しつつ、怪我した経緯を簡単に説明した。
「その、丁度洗濯物を片づけていた時に花淋姫の室近くを歩いていた女官をれ・・・知り合いの女官と勘違いして声を掛けようとしたところで、急に横から犬の吠え声が聞こえて驚いて足を滑らしてしまったんです」
蓮に似た人物が花淋姫の室に向かうのを見かけ、声を掛けようとした所で犬に吠えられ驚き、転んで怪我をしたとか、今思い出しても自分の間抜けさ加減が恥ずかしい。
また、その後蓮は別の所にいたと本人の証言でわかり、雪鈴が見かけた女官は誰なのかわからず仕舞いである。
「あらあら・・・」
「不運というか、なんというか・・・」
「小雪は星のめぐりが悪いのかしらねぇ。今丁度恋愛関係はどうなっているかみてみましょう」
あまりにも粗末すぎる内容に掛ける言葉に困り言葉尻を濁す藍と紫蘭に対し、楊は先ほどまで占いに使っていたという札を取り出して何度か交互に切ってから机の上に横一列に並べその中から三枚をを選ぶように言った。
言われるままに、適当に札を選び楊に渡す。楊は渡された札の内容を読み取って固まった。
(大きな障害、多くの妨害、それに・・・)
渡された札は全て凶兆を示していた。
本来恋占いに使う道具は他の占いと違い、多少色を付けるためにほぼ良い札で構成されており、悪い札は滅多に当たらない仕組みになっている。だからこそ場を和げるために、恋占いを選んだのだ。それなのに雪鈴は、その数少ない悪い札を全て引き当てていた。
少し考えてから、なるべく真綿にくるんだ言い方でごまかすことに決めた時、雪鈴から伝えられた言葉により結果を告げずにすむこととなった。
「でも、恋占いは結婚してる場合でも有効なのでしょうか?」
「結婚してるの?」
紅に聞き返されたことで、雪鈴は自分が何を言ったのか気づき、しまったと思った時には5人は新た話題に食いついてきた。
「初耳だわ。旦那様はどんな人?」
「美形?お金持ち?背が高い?」
「知り合ったきっかけは?見合い、恋愛、それとも政略結婚とか?」
「確か今16歳でしょう?もしかしてもう子供もいたりするの?」
「いいなぁ」
今更否定しようにも、彼女達の耳に入った情報は既に私は既婚者として頭の中で処理されており、目の奥は好奇心で輝いている。
聞くまで離さないと物語る目の力に負け、仕方なく当たり障りのない部分だけを話した。
「世間的にいう条件は・・・悪い方ではないです。知り合ったのは、私がよく散歩に行く場所に夫がいて、声を掛けたのがきっかけです」
「それだけ?」
簡潔すぎる内容に、彼女たちは肩透かしを食らった様な顔をした。他には何かないの?と催促するが、「それだけです」と笑顔で返答を断った。
「でも、恋愛結婚。羨ましい・・・」
ぽつりと碧玉は呟いた。
貴族、それも高位になればなるほど娘達は家の道具として、家長の命令に従い結婚することが決められてしまう。
条件の合う相手と相性が合えばいいが、そこに思惑が絡む以上合わない場合が多いのが世の常である。
碧玉も13歳にも関わらず婚約者がほぼ年ごとに変わり、現在の婚約者は6番目であったりする。それを考えると落ち込むのも仕方のない話だ。
楊は色とりどりの玉を紐で通した装身具を10個机を上に並べた。
「ではこれを差し上げますわ。この手纏を肌身離さず付けていると運命の人と出会えるといわれている、月下老堂推薦の商品ですのよ」
100個以上在庫がありますから、お好きなのをどうぞ。と、他の3人にも選ぶように勧めると、競うように彼女たちは手纏を見定め始めた。
「そういえば、婚約者殿が月下老堂で孟天亮様をお見かけしたといっていたわ」
「孟って、最近新しくなった国王陛下の側近の?」
何気ない口調で、楊の切り出した話題に紫色の石を日にかざしながら紫蘭が答える。
「一度無実の罪で捕まって、王妃様が冤罪を晴らした方でしょ」
朱色の石を手の平に収めて紅は首をかしげた。
「先ほど雪と一緒にいた李女官の元婚約者でしょ?その件で女性不振になったって聞いたけど、意中の相手ができたってこと?」
藍は肘の周りに紐を巻きつけながら、揺れる青い石を満足そうに見やる。
どうせまた王妃様でしょうけどと続けた藍の台詞に緑色と萌黄色の石を見比べながら碧玉は声をひそめて言った。
「史女官と文のやり取りをしてるって、聞いた事ある」
「あの獅子副将軍の娘と?随分と女の趣味がかわったのねぇ」
視線は手纏から外さず、流れる水のごとくとうとうとしゃべり続ける。たった1つの情報から自分たちの持つ独自の情報をつなげて話題を発展させる頭の回転の速さには感心するしかない。雪鈴はお茶を飲みながら、彼女たちの話に耳を傾ける。
(それにしても蓮と史女官との間にあった妙な空気の理由はそれが理由だったのね・・・)
どういう経緯が蓮とその婚約者の間にあったのか分からないけれど、その別れた婚約者と親しくしている相手が後宮内の同じ職場に働いているというのは、物凄く居づらい環境だろう。
そう考えたあとに、その相手に招かれた茶会にいる蓮の事が気になった。少し席を離れて様子を見てみおうと机の横においた杖に手を伸ばそうとするが、横から伸びた手が杖を雪鈴の届かない場所に引っ張った。
「どこ、行こうとしてるの?」
杖を抱きかかえるようにして握りしめて、碧玉は雪鈴を見た。
「えっと・・・」
「雪ともっとお話ししたい。だから、だめ」
杖に手を伸ばそうをすると幼い子供がいやいやをするように首を振る。
「史女官は今、主善宮にはいらっしゃらないわ」
「そうそう。だから二人が主善宮で鉢合わせをすることはないから安心して」
紫蘭が肩に手を置き、中腰になりかけた体を椅子に押し戻された。
「そうなんですか?」
「えぇ、何でも先ほど離れの倉庫にネズミがでたらしくて。そちらの退治に行っているから当分戻ってこないらしいわ。それより、雪も折角だから手纏いをもらっときましょうよ。これなんかいいんじゃない?」
「これで6人お揃いね」
白い石のついた紐を渡され、腕につけられる。お茶も紅が新しくつぎ足し、藍がお菓子をさらに選り分けて雪鈴の机の前に置く。
そこまでされてしまうと、席が立ちづらくなり、仕方なく席を離れることを諦めた。
彼女達の言を信じるなら、二人がかち合うこともないだろうし、わざわざ他の女官達と話してるところにけが人の自分が行っても逆に気を遣わせてしまうだろう。と、そこまで考えてふと気が付いた。
(私が蓮と史女官の事を気にしているって、どうしてわかったのかしら?)
史女官がお茶会に誘った事を言ってないはずなのに。
そんな疑問が頭をよぎったが、彼女たちが新しい話題を持ち出し、会話が始まるとともにそれは頭の片隅に追いやられた。
そして、なし崩しのまま夕暮れ近くなるまで彼女たちと一緒に会話に興じたのだった。




