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陸妃(仮)  作者: 新田 船
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時間が前回よりすこし飛びます。

誤字があったので修正しました。

 献華祭は3つの儀式によって成り立っている。

 1つは選ばれた華姫が祭主である王妃と対面する選華の儀。

 2つは後宮から後宮の北に建てられている陸帝廟‐献華祭の祭事場‐までの道ぞいに建てられている燈籠に三華姫が火をつける路火の儀。

 3つは陸帝廟に花を捧げる献華の儀である。


 選華の儀は三華姫が後宮に入った日にすでに済んでおり、そして路火の儀が行われる日は選華の儀から半月後の今日に行われる。

 この儀式では民達への三華姫のお披露目も兼ねており、後宮から陸帝廟までの道沿いを多くの人々が一目王妃と美姫達の姿を見ようと詰めかけている。 

 王妃様と三華姫は燈籠に火を付けながら歩き、陸帝廟で簡単なお祈りをした後、廟近くに併設されている施設に2日泊り3日目にまた後宮に戻る。そして、付けられた火は献華祭の日まで絶える事が無いように厳重に管理されるのだ。

 これは3代前の陸妃が夫に花を送るときに道を迷わないようにと手提の灯籠を持っていたという逸話から生まれた儀式で「大切な人を見失わないように」との意味が込められている。それにあやかって国中でさまざまな灯籠をつるし、夜にもなると淡い明りが街を照らす美しい光景がとなり民の間では恋人達が逢引をする行事と化している。

 しかし実際には渡したのは昼間だから灯籠を持っていたという事実はなく、路火の儀は「権力者の見栄と女の虚栄心を満たす行為」として生み出されたものだというのが現陸帝ようけんの談だ。





「なんというか、雪って本当に運がないわよね」 


 路火の儀に三華姫とその侍女達、後宮の女官達も参加しているため、現在ほとんど人気がない淑貴宮の一室で、溜息にも似たつぶやきをこぼしながら、蓮はくるくると器用に替えの包帯を雪鈴の手のひらに巻きつける。


「折角の路火の儀の前に今度は手を怪我するなんて」


「すいません。私に付き合わせてしまって」


「私は別にいいのよ。むしろ、会いたくない人間がいたからむしろ都合が良かったわ」


先ほどまで使っていた汚れた包帯を纏めると、洗濯用の籠に放り込んでだから気にしなくていいと蓮は笑う。だからといって、自分の面倒を見てもらっていることに変わりはない。

 

 そう、雪鈴はまた怪我をしたのだ。数日前に降った雨が上がった翌日に濡れていた石畳で滑って転んだ際に、とっさに地面に伸ばした手の先に落ちていた硝子片でざっくりと手のひらを切り、治りかけていた足を再度痛めた。


 前回より怪我をひどくした雪鈴は医官に歩行用の杖を渡されあまり動きすぎ無いようにと注意された。そして、女官長の計らいにより蓮は昌歌姫の世話を続ける事となった。

 

「まぁ雪もはじめに怪我した時ですら仕事してほとんど休んでなかったんだから、今日はお茶を飲んでゆっくりしましょ」

  

 一通り片づけ終え、蓮がそう言ったとき室の外からぱたぱたと駆ける音が聞こえひょこりと一人の少女が顔を見せた。 


「声がしてると思ったら、やっぱり蓮残ってたんだ。それに菖歌姫様のところの侍女も」


女官」


「三華姫の行列に姿が見えないからもしやと思ってたんだけど、二人ともお留守番組?」


 小柄で少し小太りな女官服を着た史女官と呼ばれた少女は、蓮と雪鈴の了解もなしに部屋に入ってくる。蓮は雪鈴を背に庇うようにして、少女の前に立った。


「はい。王妃様の傍付きの貴方様こそ路火の儀に参加せずになぜここに?」


 王妃付きの、という言葉に雪鈴は秀泉を見る。王妃付きの女官は、女官の中でもひときわ高い教養と品性を兼ね備えている。もちろん後宮内での地位も高い。

 そして、王妃様に心酔している人達の集まりでもあるのは後宮内では周知の事実だ。そんな彼女たちがこの大切な儀式に王妃様に付き添わずにここにいることに疑問をもつのはもっともな事だ。


「私は用があったらこっちに残ったの。そう、大切な用事がね」


 なにが面白いのか少女はにこにこと二人に笑顔を向けた。そして丁度蓮の後ろにいた雪鈴と目が合うと頭を下げる。


「はじめまして、私は月麗王妃付きの女官の史秀泉ししゅうせんと申します。貴方のお名前をおうかがいしてもよろしいでしょうか?」


「……はじめまして。菖歌姫の侍女をしています、木雪と申します」


 史秀泉という名前に聞き覚えがある気がしたが、後宮のどこできいたのかな、となんとなく結論づけて雪鈴も頭を下げた。

 秀泉は頭を上げると、二人を交互にみてからにっこりと笑いかける。

 

「二人とも暇?主善宮しゅぜんきゅうで他の居残り組の侍女達と女官達でお茶会をするんだけど、一緒しましょう?準備はこちらでしてあるからぜひきてね」 

 

 そう一口に言いたいことだけ言うと、「それじゃあよろしく」と雪鈴と蓮の返答も聞かずに秀泉は部屋を出て行った。

 残された二人は、お互いの顔を見合わせる。


「疑問系でしたけど、来いってことですよね?」


「返事を求めなかった時点で強制でしょうね。・・・・まぁ、何を考えているかは大体わかるけど」


 後半を低い声で呟くように、蓮は言った。心なしか表情に影が落ちている。 


「蓮?」


「何でもないわ。でも雪、貴方は怪我してるんだからそれを理由に欠席することもできるわよ」


「ううん、私も行きます。路火の儀に参加できないから代わりに何かしなきゃと思ってたから」


 数日前、2回目の報告は怪我をして行動範囲が狭まったこともあり、せいぜい医官の顔見知りができた位で目新しい情報もなく、全体としては「特に何も報告することがない」で纏められた。そのことについて陽賢は「まぁお前ではその程度だろうな」と返し、後の時間は路火の儀の豆知識をおしえてもらったりとたわいない話に費やした。

 そして路火の儀にも参加をしたかったのに、再び怪我をしてこの様だ。

 侍女達や女官達も集まるならば、何か新しい情報が聞けるかもしれない。


「そうね雪なら多分大丈夫だろうし。そうと決まれば行きましょうか」


「はい」


 二人とも参加を決め、雪鈴は近くにあった杖を手に取り立ち上がった。

 



「にぁ」


 その時、猫の声が聞こえた。同時にかちゃんと何かが倒れる音がして振り向くと、飴の入っていた壺が蓋を開けたまま斜めになっており、中の飴が数個机の上に転がっていた。


「なにこれ、宝石?」


 音に気が付いた蓮も、転がる飴を1つつまみ目の上に持ち上げる。きらきらと色鮮やかに輝く紅いそれに感嘆の声を上げる。


「いえ、飴です。すごい美味しいんですよ」


 目を奪われたように飴に魅入る蓮を尻目に、雪鈴も机の上に落ちた飴を拾うと口の中に放り込む。甘い味が口の中にじんわりと広がり自然と頬がゆるんだ。


「蓮も食べますか?」


 その様子を見ていた蓮にそう声を掛けると、蓮は手元にある飴と雪鈴を交互に見ていたがゆっくりと飴を口元に運んだ。


「……なにこれ」


 口の中がとろけるかと思うほどの美味しさに目を見開く。酸味と甘味が絶妙な調合で混じりあい、木苺を基礎としているが、茘枝ライチの様な芳醇な香りと味に深みがある。

 後宮に勤めてから、残り物としてから最高級の甘味を食べる機会もあったがこの飴の足元にも及ばない。

 蓮は夢中になって、舌の上に転がる飴の味を覚えこませるように丁寧に舐める。

 

「知り合いから後宮に行く際にもらったんですけれど、すごくおいしいですよね」


 この極上の味に対して、まるで今日のおやつはおいしいですよねという気軽な台詞に蓮は耳を疑った。

宝石に見紛うほどの輝きを持ち、王の口に入る最高級の甘味を凌駕する味。舌の肥えているものならば、この飴一つに普通の一家が一月暮らせるくらいの価値をつけるだろう。そして、壺の大きさを鑑みるに三十個はゆうに入っている事が伺える。


「そうね、すごく美味だわ。食べた事がない位」


 菖歌姫の世話をしていた時に食べていたところを見た事がないから、雪鈴の私物であるのだろう。


「南方では有名な甘味らしいんですよ」


「南方?って栄国とか鮮国の方ってこと?」


 南方の言葉に、蓮は釆国より南にある国を思い浮かべる。


「それより南の呉国の方です」 


 呉国はこの群雄割拠の時代に数百年と長い歴史をもつ国の一つだ。

 朱雀が数百年前呉の王に渡した「万能霊薬」と言えば南方では知らぬ者がいないほど有名な話だと雪鈴は鳴音に聞いた知識からそう答えた。


「呉国?うちの国とはあんまり国交がない国よね」


「なんでも知り合いの親戚が作ってて、定期的に送ってくれてるらしいです」


「へぇ、南方にはこんな美味しいものもあるのね」 


 いろいろ突っ込みたい台詞があったが、蓮はそれ以上踏み込むのをやめた。

 ここ数日の付き合いだが、それでも後宮で様々な子女達を見てきた蓮にとって雪鈴は妙な違和感を感じる存在だった。

 最初良家の子女としての礼儀作法身につけていることから、裕福な家の出なのかと思った。特に食事やお茶を淹れる際など、普段の不器用からは信じられないほど綺麗な所作で動く。

 しかし、貴人に対する礼はきちんとしているのに、近い身分の者に対する礼がどこかぎこちないものがある。

 それに怪我をした時、あそこまで足が腫れあがったら良家の子女なら失神するか、騒ぎ立てるかするのにあの時雪鈴は周りの手を煩わせたことに恐縮するだけで怪我自体には冷静に対処しており、むしろ周りの方が騒がしかった。

 もともと庶民で貴族の養女となり後宮に上がった者と似ているが、何かが違うと感じるのだ。

 

 だからといって、蓮にはその違和感の正体を突き止めようと思うほど雪鈴の事に興味はない。

 蓮にとって、彼女はあくまで一時的な同僚でありそれ以上でもそれ以下でもない。どこか不思議なところはあるが、害のない不器用でお人よしな少女だ。

 特にこの後宮で人の事情に首を突っ込むのは、下手すれば死に直結することもある。

 そうして磨いた処世術で蓮は雪鈴に感じる齟齬を適当に流した。


「それより、つい話こんじゃったけどお茶会に遅れると面倒だから早くいかなきゃ」


「あ!すいません」

 

 話題をもとあったお茶会の事にもどすと、雪鈴も慌てて残っていた飴を口に入れると壺の蓋を閉め元あった位置にもどす。


 そして室を出るときに、視界の隅に茶色い猫のしっぽが見えたが特に意識することもなく二人は主善宮へ向かった。   

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