カメラ
中学二年の春。
春休みが明けて、久しぶりに袖を通した制服は少し小さく感じた。
始業式が終わりクラス変えが発表されると、それぞれ新しいクラスを受け持つ先生が教室にやって来る。
僕達のクラスには新任の若い男の先生がやってきた。先生は今年初めて僕達クラスを担当する新米教師である。
黒板に薄く汚い字で『山下……』と書いてよろしくとお辞儀した。次にクラスの生徒が一人ずつ軽く自己紹介をする。今年は前に同じクラスだったミサトやタケルもいたので嬉しかった。
そして、大抵どのクラスも真っ先に委員と係決めが行われる。
僕は新聞係りになった。新聞係りとはクラスや学校の出来事や行事、学校周辺や町のイベントや事件を月に一度簡単に模造紙にまとめて、教室の後ろに掲示する仕事である。
自分の記事が掲示されることには少し気恥ずかしくて抵抗もあるが、ミサトやタケルそしてミサトの友達の四人での活動なので心強かった。
僕達、新聞係りは放課後に居残るように言われた。
しかし、ホームルールが終了して一時間が経ってしても先生は現れなかった。 しだいに真っ赤な夕陽が教室に差し込んでくる。
僕がカーテンを閉めようと立ち上がった時、ようやく先生がやってきた。
小さなダンボール箱を携えている。
その中には人数分のカメラが入っていた。
「このカメラで町の様々な景色を撮ってきてほしいんだ。僕はこの町に来てから日が浅いし、クラスには転校生も何人かいるからね。少しでも早く町のことを覚えてもらえるようにさ。」
先生はそう言うと僕達に一個一個カメラを手渡していく。
一瞬、先生の腕にはめられた高価そうな銀の時計が夕陽に反射して眩しかった。
突然、カメラを渡されて唖然としている僕らを尻目に先生はじゃあよろしくと言って教室から去った。
どうしようか?とミサトが切り出した。
「まずは海側の町と学校のある山側の町に担当を分けたほうが良いよね」
「僕とミサトは海側に家があるし海の方を担当しますか」と僕は妥協案を出して、みんなはそれに納得した。
「じゃあ俺たちは山側か」
タケルはしぶしぶ納得した。
その日はそれでお開きになった。また週末にでも集まろうと。
ミサトとの帰り道。僕は首にかけたカメラを気にしながら歩いていく。 舗装された道路から歩行者用のわき道を進もうとすると、 その分岐点にパトカーが何台か止まってて何人かの警察の人が物々しく立っていた。
何かあったのかな?と思っていたが結局僕達は何も尋ねられることなく通り過ぎた。
砂利道を進むと僕らの前に入り口が馬蹄型のトンネルが見えてくる。
地元の人はこのトンネルを『底無しトンネル』と呼ぶ。
既に僕の中で習慣化した通学路だが、いつ来てもこのトンネルだけは異様な雰囲気だった。 海側の町と山側の町に通じる唯一の山間トンネルなのだが、まるで中は異次元へ通じる洞穴のようなイヤな心地がするのだ。
「ここではシャッターを切りたくないな……」
と呟くと、彼女もそうだねと言って同意した。
戦前に作られたトンネルと言うこともあって中は古びてて、天井の照明は切れかかっている。途中には全く照明の切れた闇の空間も存在した。
そして、時々吹き入ってくる風が奇怪な音となって、まるで悲しみ嘆く人の声のようにトンネル内に響くのだった。
トンネルを出ると僕達の住んでいる海側の町へとでる。トンネルは小高い山につくられていて、そこからの眺望は町を眺めるには絶好のポイントである。
夕陽が沈んでいく海を背景に町にピントを合わせ、シャッターを押してみた。
その後、普段なら二人でどこか寄り道しながら帰るのだが、その日の彼女は
「今日は用事があるから。また明日学校でね」
と、ニヤニヤと何やら嬉しそうにまっすぐ家へ帰っていった。
その後ろ姿が見えなくなるの確かめると、僕も安心して帰路に着いた。
辺りはすっかり夜だった。
「ただいま」
ドアを開け、引っ掛けてある鈴の音が鳴る。
あら!おかえり!と台所から母の声が聞こえた。
「ねえ!今日の昼頃ね、この町の銀行で強盗事件があったんだってさ!」
母はやや興奮ぎみに言った。
ああ、それで底無しトンネルの近くはあんなに物々しかったのかと思った。
「ねえねえ、帰り道に何か変わった事はなかった?」
「別に。」そう言って、僕はすぐに二階の自室にこもった。
母が興奮するのも無理もないと思う。基本的にこの辺りは閑静で至極平和な町なのだ。
しかし、どうも今夜は何か起こりそうな気がする。そうも考えつつ、いつも通りに夕飯を食べ、風呂に入り、宿題なんか手も付けずに布団に入る。
窓の外では野良犬が下品に強ばらせた雄叫びをあげているのだった。