転生というけれど
覚えているのは、ぐしゃりと潰れる感覚。人間ってこんな簡単に頭潰れるんだなって、遠くなる意識の中で考えてた。目を閉じて、真っ暗な闇を見て、気がついたら真っ白な部屋で綺麗な人が土下座しているのを見た。
聞けばなんとこの人は神様で、私は手違いで死んだらしい。それなんてラノベ?と思ったがまあそれならどうせだし、とファンタジーな世界への転生を希望した。さあ、新たな世界へレッツゴー!と言うところで、自称神様の体が吹っ飛ぶ。ばいんっとボールのように跳ねていくのをぼんやり眺めていると、いつの間にか立っていた綺麗なお姉さんが口を開いた。
「無許可の転生措置は条約違反だよ。そこの人間も、ホイホイと話に乗るんじゃない」
もしかしてこれ、すごく怒られる流れかな?
特に怒られはせず、淡々と話してくれたお姉さんのお話を自分なりに理解しようと努めた。難しい言い方だったがちゃんと聞いていたおかげで理解できた。
ひとつ、自称神様は自分のミスを誤魔化したくて転生させようとあたしに言った。
ふたつ、その転生させる世界が神様の持っている世界ではなくてお姉さんが持っている世界だった。
みっつ、違う神様が管理する世界に転生させる場合には免許が必要で自称神様はそれを持っていない。
「ダメじゃん!」
「すぐ噛み砕いて理解できる賢さはあるんだ、えらいえらい」
ぐりぐりと頭を撫でられる。言葉は容赦ないがこの人……人かな?よくわからないけど、この人ほんとは優しいのかもしれない。自称神様をイスにしてるけど。ちょっとバカにされてるかもしれないけど。
「今回は私が察知したからよかったけど、そうじゃなかったら生まれた瞬間に死んでたよ」
なんと、そんなことがありえるのか。ほんとは恐ろしいな異世界転生。俺つえーとか乙女ゲーム世界でざまあ回避とかできないんだ。首を傾げているとお姉さんは苦笑してさらに教えてくれる。
「転生者たちが好き勝手行動してくれたおかげでね、こっちはめちゃくちゃで立て直しで必死なんだよ。例えるなら、きれいな雑貨店の品物がぐちゃぐちゃにされて床に破片や傷ついた商品が散らばってる感じ?」
「すごく許せないやつ!つまりそれをやったのが……」
「転生者たちだよ。だから今のところ入店防止で、そういうのが来る時は生まれる時に死ぬように調整されてるんだ」
「うわー!!止めてくれてありがとう!!ほんとにほんとにお姉さんの方が神様じゃん!」
「いや、一応私は神様だよ……」
お姉さんの手を握って思い切り握手すれば、呆れたようにそう言われる。神様って自称神様みたいにばーんってしてて偉い人だと思ってたけど、なんかそうじゃないみたい。この神様はすごく親しみやすくていい神様だ!
「で、あたしこれからどうすればいいの?」
「転生したいならこの書類のここにサインして。ちゃんと内容読みなさいよ」
目の前にふわりと紙とペンが落ちてくる。紙はすごくびっしり書かれていて目が滑る。それでもなんとか読み込めば、納得できる内容しか書かれてなかった。
・書類は世界を跨ぐ転生を許可するものであること。
・転生する魂は、これまでの記憶を対価にして転生すること。
・たまに記憶が残る場合もあるが、7歳になったら世界に魂が完全に馴染むので無くなること。
・その代わり、平凡ではあるが安心して暮らせる環境に生まれること。
・国家転覆や玉の輿など一発逆転の派手な活躍をしないこと。
優しい。すごく優しい。地味かもしれないが、きっちりと生まれた後の環境も書いてあるあたりすごく優しい。この神様、いや、女神様は本当にすごい神様だ。転生した後きっちりお祈り捧げよう。絶対そうしよう。そう考えて、自分の名前をしっかりと書いた。これが最後だろうから綺麗に読めるように気をつけた。
「しっかり読んで書いたのね」
「はい!むしろサイコーって感じです!」
「……まあ元気なのはいいことか」
あ、女神様がまた呆れてる。でもあたしから元気取ったら何もないんだよな。親だってあたしのことには興味なかったし、こんなにちゃんと説明してくれるのって女神様が初めてだし。あ、女神様が自称神様に蹴り入れてる。すごく鋭い。
「そうだ!女神様お名前なんて言うの?祈りに行くから教えて!」
「……さっきの書類、ちゃんと読んだ?」
「読んだ!でもちゃんと覚えておきたいのー!」
ねえ教えて、と抱きついてみればすぐにべりっと剥がされる。冷たい。でもこちらを見る目はとても優しくて、まるで友達のお母さんが友達を見る目みたいだ。
「覚えていられたら、私の紋を見て判断なさい」
とん、と額が小突かれる。ぐるんと視界が回って、死んだ時と同じ感覚になって。
最後に見たのは、剣と昔のはかりが一緒になったフシギな図だった。
◼︎
少女の魂が光に溶けていくのを見て、女神は足元の愚か者を強く蹴り上げ、頭を踏み抜く。人間と同じ赤が辺りに飛び散るがすぐに頭が再生され、元通りになる。その体の持ち主の表情は、恐怖に満ちていた。
「め、免許がいるなんて聞いてないぞ!それに、我が死んだら上の──」
「お前の処遇は私に一任された。だから、お前を殺したとしても誰も助けないし、何にもならない」
今度は首と胴体が斬られてコロコロと床を転がる。赤がまた飛び散る。白かった部屋は一瞬で赤で彩られ、女神を覆う光に照らされて宝石のように輝いていた。
「誤って殺したのであれば巻き戻せばいいだけだろう。……ああ、いや、失礼した。一度巻き戻して始末書を出さなかったからできないのだな」
「な、なんで知って、」
「ありとあらゆる罪を見てしまうのでな。だから私が行けと言われた」
自称神様と少女に言われていた存在は責苦を受け続ける。頭頂部から爪先にかけて一つ残らず斬られ続ける。斬られて、再生されて、斬られて、再生されて。永遠に続くことを覚悟した瞬間、剣が鞘に収められた。許されたのだと息を吐いた瞬間。
「管理人、収監してくれ」
床から影が這い出てくる。白かった部屋にそぐわしくない黒が蠢いてソレに絡みつく。叫んでもがいて、女神の足に縋りつこうと手を伸ばした瞬間、強い痛みと共に弾かれる。
「裁きの天秤、"罰"の名の下に罪状を言い渡す。──終身刑だ」
ずるりと、意識が消え失せていく。淡く光る女神の胸に、剣とその鍔が天秤になっている紋様を見た。
◼︎
とたとたと、幼子が摘んだ花を持って神殿内を走る。その子は長く子供のいなかった夫婦のもとに生まれた子で、神殿で働くものたちは皆微笑ましげに見守っていた。幼子が転ぶとこぞって手を貸そうと動こうとした。けれども幼子は黙って起き上がり、手放した花をかき集めてまた走り出す。走って走って、一つの紋様を持った女神像の前に肩を上下させながら止まった。
「めがみさま、きょうもありがと!」
そう言って、祭壇に花を捧げて祈る。目を開ければ花は消えており、少女は嬉しげに跳ねて像を見上げた。女神像は優しげに少女を見下ろしているようにも見え、幼子はにっこり笑ってきた道を駆け出していった。
「執念だなー」
女神は少女から贈られた花を花瓶に入れてやる。紅色の花は、小さく揺れて女神の気苦労を少しだけ和らげた。
少女・幼子→手違いで死んだ。善性の塊みたいだったので気まぐれで助けられた。7歳で綺麗さっぱり忘れるが女神への信仰は忘れなかった。
自称神様→報連相と後始末ができなかった。
"罰"→転生も罰なんだけどな。まあいいか、楽しそうだし。人間、愚かだね。
◼︎9/24追記 活動報告で小さな裏話を書きました。




