第1話 “変わらぬ日常”
この物語には多数のパロディで構成されています
とあるストーリー、とあるセリフ、とある場面などにおいてよく知られているものが使われていることがあることをご了承の上でお読みください
俺は本から目をそらし、外を見た。
春が去り、夏へとさしかかろうとしている今日。
丁度いいぐらいの日光が降り注いでいる。
桜の木も花びらを散らし、緑色に色づこうとしている。
実に過ごしやすい天気をゆっくり味わおうとして―――
「大神っ!」
―――その怒鳴り声でそれは叶わなかった。
俺は視線を呼ばれた方向―――前方へと移す。
そこには黒板の前に偉そうに立っている男性教師。
「…………はい」
正直、無視しようかと思ったがえらくイラついている様子なのでやめる。
面倒なのでとっとと終わらせることにして、椅子から立ち上がった。
「この数式を解いてみろ」
命令口調で俺にそう言って黒板を指し示す。
そこでようやく俺は初めて黒板に目を向けた。
そこには俺が授業放棄をしている間に書かれたのであろういくつかの数式と図。
…なんだ、この程度か。
「…Ⅹ=9、Y=7、Z=12」
僅かな間をおいて、俺は淀みなく答えた。
「くっ、正解だ」
嫌そうな顔を隠そうともせず、悔しそうに当たり前なことを言う。
確かこの教師、授業を聞いていない生徒にわざとあてて、つるしあげることで
有名だったはずだ。
そんな男に俺は言ってやることにする。
「そうそう、先生、さっき教えていた公式、求め方が違います。
あんな理論、説明で理解できるわけがありません。」
「なっ、何を言って―」
「おそらくあれで理解できる生徒なんてほとんどいませんよ。
ただ指導要項を適当に読んでるだけだからそんな授業しかできないんですよ。」
「ふざけるなっ! 大神っ態度が悪いぞ!」
事実を告げているだけなのにどうしてそんなことを言われなければならないのか
俺は黒板のほうに歩きだす。
「大神っ! 教師に逆らうのかっ退学にするぞ!」
キレた中年のオッサンの怒鳴り声を軽くスル-し、黒板に書いてあるものを
すべて消し、即座に新しい図や数式を書いていく。
最初は怒鳴り散らしていた男も俺がチョークをおいた時にはすっかり静かになって
いた。
俺は机に戻りながら、顔を青くした男に声をかける。
「教える側の教師がこんなことだから態度の悪い生徒が出るんですよ。
先生こそ、もう一度勉強しなおしたほうがいいじゃないんですか?」
そう言われ、恥ずかしさと怒りで顔を赤くする男。
しかし、結局何も言うことができない。
俺はそれを確認して再び席に座る。
まったく、素直に別のものを読んでいることを注意すればいいものを…
そう思いながら、教科書ではないもの―――有名大学の卒業レポートに目を通そうと
する。
そこに聞こえてくるひそひそ声。
「………何あれ、感じ悪っ………」
「……マジ勘弁してくれよ…………」
「…空気悪くすんなよな……」
「……って言うか最初から学校来なければいいのに……」
俺がそちらのほうに視線をやると同時にその声は止んだ。
……本を読む気が失せた。
溜息をつきながら、再び外を見ると相変わらず、心地よい光が降り注いできた。
つまるところ、これが俺―――大神 俊の変わらぬ日常なのだった。
キーンコーンカーンコーン~♪
どの学校でも同じような気の抜けるチャイムの音で目を覚ました。
どうやらあのまま寝てしまっていたようだが気にしない。
周りを見るとすでに何人かのクラスメートたちは帰り支度や部活道具を持って
教室を出て行っていた。
時間を確認してすでに放課後であることを確認する。
すぐに帰り支度を済ませ、カバンを持って外へと向かう。
そのまま何事もなくゆっくりと校門を出ようとして―――
「あぁ~~っ! コラ俊っ、何一人で帰ろうとしてんのよっ!」
―――後ろからそんな声が聞こえてきた。
…無視だな。
一瞬の間でそう判断したので足を止めることはない。
「ちょっと待っててよ、すぐに行くから~~!」
再び聞こえてくるそんな言葉。
加えて近づいてくる足音。
それでも俺は無視を続ける。
「待てって言ってんのが聞こえないのっ!?」
声が怒りを帯び、足音のスピードが上がる。
そしてダンっとひときわ大きい音と同時に後ろから感じる殺気の塊。
なので慌てず騒がず、僅かに横に避けた。
「ちょっ!? いきなり避けるな~!!」
そんな言葉を吐きながら、飛び蹴りを放った女子が隣を通り過ぎる。
その勢いのまま、目の前にあった学校の外側の石壁に突っ込んでいった。
ピシっ、ゴシャッ、ガラガラガラー!
最初の音で壁にひびが入り、次の音で粉砕し、最後の音では見事に倒壊した。
……女の子ともども。
…あぁ、今日も派手にやったな。
チラリとその光景を見てそう思い、再び歩き出そうと―――
「――だ・か・ら、待てって言ってるでしょ~!!」
―――いい加減聞き飽きた言葉がまた聞こえてきた。
しかたなく足を止めて、そちらのほうを見た。
そこにいたのは瓦礫の山から這い出て来る一人の女の子。
澄んだ空のような瞳、深海のように蒼い髪を後ろでまとめている。
一応、クラスメートである卯杖 真由である。
「まったく俊がちっとも待ってくれないから“また”やっちゃったじゃない。」
服に付いた埃をはたきながらそう言ってくる卯杖。
どうやら自分が壊した壁のことは気にしていない様子。
まあ確かにいつものことだが、その度に誰が修理しているのか…
俺には関係ないからどうでもいいが…
すると、卯杖は近づいてくると、にっこりと笑いながら口を開く。
「ねぇ、一緒に帰―――」
「断る」
予想通りの言葉を遮って、短くそう返す。
しかし、卯杖はその笑みをさらに深めた。
「よし、やっと話してくれたわね!」
……やはり無視して帰ればよかった。
後悔の念が広がり、俺は溜息をついた。
そんな俺の様子を見てか、卯杖は俺の前に出てきて俺の顔を覗き込む。
「もぅ、俊はもう少し素直になったほうがかわいいのに~♪」
そして、なんともうっとおしいことを言ってきた。
…………なるほど、素直か。それもそうだな。
「悪かったな卯杖。俺は少し遠慮していた。」
「でしょでしょ。だからさ、あたしと――」
「うっとおしいから一人で帰れ」
“素直に”そう言って、今度こそ帰り始める。
「ちょっ、俊待ちなさいよ~!」
後ろから卯杖はついてきているが無視。
―――聞こえない聞こえない聞こえない―――
帰り道、卯杖はかなり話しかけてくるが、俺は適当に流していた。
「でさぁ、そこで友くんが―――――って俊聞いてる?」
「あぁそうだな」
「……さっきからそのセリフばっかなんだけど」
「あぁそうだな」
「………ね―――」
「あぁそうだな」
さすがに怒ったのかカバンを振り回して攻撃してきたが軽く避ける。
こんな感じだが、やはりうっとおしいことこの上ない。
それでも話しかけてくる卯杖の意図は分からないが…
どうしたものかと歩いていると大鉄橋が見えてきた。
今やさびれてほとんど使われていない橋。
多くの人は当然のことながら新しくできた方を使っている。
そのため、この橋を通ってくる車や人はほとんどいない。
だが、俺はいつもこちらの古い橋を使っている。
理由は単純に家に近いからなんだが。
そして、いつものように橋にさしかかった。
「―――わぁ、やっぱり綺麗だよね~♪」
卯杖は嬉しそうに海の方向を見ていた。
そちらの方に目を向けると、落ちていく夕日によって紅く輝く水面が広がっている。
卯杖はこの光景がお気に入りらしく、よくこっちの橋を使っているらしい。
ちなみにこいつの家は新しい橋を使った方が近いはずだ。
…確かに綺麗かもしれないが、そのために遠回りする気持ちが分からない。
「新しい橋からは、この景色は見えないもんね~」
新しい方は陸側に建てられたので当たり前だ。
そう言っている卯杖を気にせず、俺は対岸へと向かおうとする。
「なんだぁ? 男が女連れてこっち来るぜ?」
すると、行き先からそんな声が聞こえてきた。
確認しよう、多くの人は新しい方の橋を使っている。
よって、こちらの古い橋を使うものはほとんどいない。
俺のようにこちらを利用した方が早いという合理主義者。
卯杖のように景色を見たいが為に来る暇人または変人。
この橋を使おうなんて考えるのはそのぐらいの人しかいない。
そんなものを除いてこの橋にいる可能性のあるのは…
そちらの方に視線を向けると、複数の男たちが俗に言うヤンキー座りをしていた。
全員が「今時いるのか?」と思うような柄の悪さ。
髪を金、又は茶に染めて耳にはピアス、加えてタバコを吹かしていた。
「不良を絵に描きなさい」と言われたら十中八九こうなるだろう。
そんな見たままの不良らの3人が立ち上がると気持ち悪い笑みを浮かべ、
ゆっくりと近づいてきた。
「おいおい、こんな所に二人だけで来るなんて危なくねぇ?」
「そうそう、襲われちゃうよ?」
「て言うかそこの彼女もさぁ、そんな男より俺らの方に来ねぇ?」
「ギャハハ、おまえそれチョクすぎ!」
話しかけてくるそいつらに他の奴らの下卑た笑いが混じる。
その声が非常に耳障りで不快指数が急上昇。
いつもなら無視して適当な所でどうとでもする。
しかし、その場合、どうしても時間がかかってしまう。
そして、今日は早く帰りたい気分だ。
しかたなく俺は真面目にそいつらの方をしっかりと見る。
…近づいてきている3人に、いまだ座っている奴、対岸に2人――6人か。
今は全員武器は持っていないが、この手のやつらは何かしら隠していることが多い。
まあ所詮不良ぶってるやつら程度じゃたいしたことはないが…
とりあえず、奥で座っている金髪グラサンの偉そうなのがリーダーだろう。
適当に状況を把握して、おそらくリーダーであろうやつにあたりをつける。
俺はこの軽い面倒事に対して溜め息をついてそいつらに向かって口を開く。
「一つ言わせてもらうと、こいつは勝手についてきているだけだ。
俺は関係ないからそこを通せ」
「ちょっ!? 俊それ酷すぎ!」
俺の言葉に後ろからそんな抗議の声が。
振り返ると卯杖がこちらへとずんずんと力強く歩いてきた。
何なんだ面倒くさい…
卯杖は何やらご不満の様子だ。
「ここは『大丈夫、俺が守るよ』とか何とか言ってあたしをかばう場面でしょ!」
「そんなこと知るか。勝手についてきたんだ。自分の身ぐらい自分で守れ。
……だいたい俺の助けなんて必要ないだろう」
「えぇー、だって面倒じゃん。あんなの相手にするのって」
やれやれ、まったく何を言っているんだ?
二人でそんな言い合いをしていると、
「――――おい、お前らオレらをからかってんのか?」
ようやく不良側からそんな声が上がった。
やれやれ、気づくのが遅いバカどもが。
そう思いながら不良どもの方に向き直った。
よく見るとさっきよりも顔が赤くなり、血管が浮き出ている。
もはや俺にとってはうっとおしいだけの存在であるやつらにもう一度声をかける。
「聞こえなかったか、もう一度言ってやる。俺は早く帰りたいんだ。
どうでも良いお前らの相手をする気はない。とっとと道を通せ」
そう言うと、ブチッと何かが切れた音がした。
タバコを噛み切った音か、堪忍袋が切れた音か、或いはその両方か。
―――いや、堪忍袋が切れる音って何なんだ?
そんな疑問が頭の中に広がる。
「おい、お前ふざけすぎじゃね?」
「向こうにいる二人呼んで来い!」
「なめてんじゃねぇぞコラァ!!」
そんな言葉を吐いて、凄んでくる不良たち。
しかし、そんな彼らはもはや俺の眼には映っていない。
―――確かに昔からよく言われる表現だが―――
「男の方はフルボッコな」
「骨の一本、二本ぐらい折って、病院行きだ!」
もはや声さえも聞こえなくなり、思考に没頭する。
―――いや、でも実際にそんなことがありえるはずが―――
「ちょっと、あんたたち何言ってんのよ!?」
「大丈夫だって。君は俺たちが優しくエスコートしてあげるから」
「お前も安心しな。“女の方は俺らの方が面倒みてやるよ”」
最後の言葉だけがピンポイントで耳に入り、我に返る。
「なんだと」
「お、どうしたよ、『彼女だけには手を出すな』ってか」
「え、俊、本当!?」
なぜだか嬉しそうな声を上げる卯杖。
しかし、俺はそれを否定する。
「いいや、さっきから言ってるだろう。俺とそいつは関係ない。
お前たちが面倒みてくれるなら後は好きにしろ。
そうしてくれると俺としてはとても助かる」
ピシッ、そう言ったと同時に、空気が凍った。
それを感じて見ると、不良どもが何やら呆れた様子でこちらを見ていた。
そして、背後から凄まじく冷たい空気が流れて来る。
「……………………………………………………へえ、そう」
長い無言の後、蚊が鳴くような小さな声でそう呟く卯杖。
少し気になって、後ろを振り向こうとした瞬間―――
「てりゃぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」
―――そんな叫び声と共にブンッという音が聞こえ、素早く身を屈める。
ハンマー投げの要領で投げられたバックは、俺の上を通り過ぎ、近づいて
来ていた不良たちに直撃。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」
似たような叫び声をあげ、吹っ飛んでいく男たち。
僅かながら体が宙に浮いていることからその威力の程が分かる。
これが一人の女子高生から生まれたというのだから凄い。
そんなことよりも重要なこととして、卯杖の方を確認する。
卯杖は顔を俯かせ、体を震わせていた。
そして、その体が薄くだが蒼く輝いているのに気付く。
「おい、こんなところで何を―――」
「あはははははは――――――とりあえず一発殴らせなさい」
俺の言葉を遮り、俯いたまま小さな声でそう言ってくる卯杖。
その言葉の端々に殺気を感じるのは気のせいではないだろう。
「よく分からないが、とりあえず断る。今のお前に殴られたらさすがに死ぬ」
「うん、じゃあ一回殴られてみようか」
おいおい、死ねってことかよ。これは本気で切れてる。
どうやら今の卯杖には話は通じないらしい。
「クソッ、ふざけんじゃねぇぞこのガキ!」
「優しく言ってやってたら、調子に乗りやがって!」
そんな状況を分かっていないバカどもが体を起こして再び騒ぎ出す。
バカが……今の卯杖は本気でヤバいのに。
俺はやつらの軽率な行動に少し憐れみを感じた。
「―――なんか言った?」
「ヒッ!」
卯杖が顔を上げて声のした方向を見る。
そんな卯杖の表情は凄く笑顔なのに怒りの感情だけは伝わるといった
子供が見ていたら泣くのを通り過ぎて無理にでも笑おうとするだらう修羅だった。
あまりの変化に不良たちは悲鳴を上げて後ずさる。
「ククク、随分と活きのいい女じゃねぇか」
「「「こ、近藤さん!?」」」
すると、そんな様子を見ていた座っていた男が立ち上がった。
やはりリーダー格だったらしい男の行動に他の不良どもが驚きの声を上げる。
そして、近藤と呼ばれた男は何やら気取った様子でこちらに近づいてくる。
きっとこの男、自分がカッコいいとか思っているのだろう、たぶん。
………これがナルシストというやつなのだろうか?
俺がそんなことを考えている間に近藤は前の方に出てきた。
「気に入ったぜ。おい、オレの女になれ。
なぁに金は好きなように使っていいし、不自由にはさせねぇぜ」
「「「なっ、何ぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい!?」」」
何やら訳のわからないことを言い出した近藤。
加えて、何故か過剰に驚いた声を上げる仲間たち。
「ばかな、いつも『彼女にする女はいねえ』って言ってる近藤さんが!?」
「『チャラい女見てるとイラつく』って言ってる近藤さんが!?」
「『なんで女ってこうも面倒なんだ?』って言ってる近藤さんが!?」
「「「ありえねえぇぇぇぇぇぇ!?」」」
……どうやらそう言うことらしい。
意外と純情な男なのだろうか?
と言うかならなんで不良なんてやってんだよ…
俺がそんなことを思っていると卯杖はニッコリと笑って言葉を返す。
「邪魔だから退きなさい。あんたみたいな“どうでもいい”存在にかまっているより
俊をぶちのめすことの方が今の私にとって100倍重要だから♪」
ピシッ、さっきとそっくりに再び空気が凍った。
卯杖の見事なまでにバッサリと斬った言葉に不良たちの時間が止まる。
そんな空気を意も返さず、こちらに歩いてくる卯杖。
「あはははは――――――さぁてぶっとばそ♪」
「卯杖、分かったから、ちょっと待て」
「うん、待たない♪」
「いや、10秒でいいから」
「何?遺言なら聞いてあげるけど」
「……謝るという選択肢はないのか?まあいい、どちらでもない。
ただ待て、もうすぐだ」
「一体何の――――――」
「――――――お前ら、ここから生きて帰れると思うなよぉぉぉぉ!」
ほらきた。
近藤は滂沱の涙を流しながら、叫び声を上げた。
………マジ泣きだよ。よっぽどショックだったんだろうな。
まあ、見た目は不良でも中身は純情そうなやつだったし。
「――――――あれ、これもしかして私のせい?」
「もしかしなくてもお前のせいだから安心しろ」
あまりの様子を見て我に返った卯杖にそう呟く。
結局、面倒事には巻き込まれそうだ。
近づいてくる不良集団を見て、俺は溜息をついた。
遅くなってすみません。
ちょっと現実でいろいろ面倒事に襲われて…
自分も意外と波乱万丈な日々だと自覚しました。
後半はちょっと失敗ですがついつい長くなってしまいました。
次回はこうはいかないと思います。
感想などがあればぜひお願いします。