表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

五日目

ついに来ました、五日目。


五日目の朝。

 スマホを開いて、俺は息をのんだ。


『おはようございます。……えっと、どちらさまでしょうか?』


 遥からのLINE。

 そこには、俺の名前も、愛称も、何一つ書かれていなかった。


 ――ついに、来てしまった。


 何度も覚悟してたはずなのに、現実は容赦がない。




 ◇ ◇ ◇




 午前中、遥は学校に来なかった。

 教室のどこかが静まり返っているように感じた。


「西園寺さん、今日もお休みらしいよ」

 クラスメイトの何気ない会話が、胸に刺さる。


 思い出を消されるって、こんなにも寒いんだな。


 昼過ぎ、俺は意を決してスマホを開いた。

 もう一度、遥にLINEを送る。


『放課後、あの公園で待ってる。会ってほしい』


 返事はなかった。けれど、それでもいい。

 最後の一歩は、俺が踏み出す。

 遥が全部忘れても、俺が思い出を渡す側でありたい。




 ◇ ◇ ◇




 夕方。あの公園のベンチ。

 風が冷たい。花は咲いていない。


 一時間、二時間、三時間……

 時計の針が何度も回った。


 でも、遥は来なかった。




 ……と思っていた、そのとき。


「……瑞樹くん?」


 声がした。振り向くと、そこに遥が立っていた。

 制服のまま、少しだけ息を切らして。


「やっぱり、来てくれたんだ……」


「……どうして、名前を知ってる?」


「今朝は……ほんとうに、全部思い出せなかったの。でも、放課後、家の本棚を整理してたら――これ、見つけたの」


 遥が差し出したのは、あのスケッチブック。

 一ページ目に、子どもの字でこう書かれていた。


「にしぞのじ はるか と すずき みずき の ひみつきち」


「“みずき”って名前を見た瞬間、頭の奥が、ぱあって光ったの。思い出したわけじゃない。でも、“あ、この名前を、好きだった”って……心が、勝手に思ったの」


 俺は、言葉を失った。


「それで、会いに来たの。最後に、どうしても確かめたかったから」


「……なにを?」


「“今の私”が、君を好きになれるのか――って」


 沈黙。

 風が、ふたりの間を吹き抜ける。


 遥は、まっすぐ俺の目を見て言った。


「結果から言うね。……うん。好きだと思う。君のこと」


 俺は、心の奥で何かが崩れて、あたたかくなるのを感じた。


「私はもう、過去の私じゃない。でも、今の私は、君のことが好き。記憶なんかなくても、また好きになれるって、今日わかったの」


 遥が笑った。ずっと見てきた、あの笑顔で。


 俺はようやく、言葉を口にした。


「……俺も、遥のことが好きだ。ずっと前から、今も、これからも」


 夜空の下、手がそっと触れ合う。

 そして自然に、指が絡まった。


 記憶じゃなくて、“感情”が、そこにあった。




 ◇ ◇ ◇




 遥は、全部を覚えていない。

 けれど、“今”の気持ちは、彼女自身のものだ。


 “忘れられる”ってことは、たしかに悲しい。

 でもそれは、“また出会える”ってことでもある。


 だから俺たちは、手をつないで歩き出す。


 最初からじゃない。途中からでも、何度でも――

 好きになることはできる。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

次回以降に活かしていけるので、批評・感想などをくださると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ