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”彼”


 その時、レティシアがフィーリアの後方に目を向けて、その笑顔のまま手を振る。


「ルーン! わたくしはここよ!」


 フィーリアもつられて後方を向く。そして、そこにいた人物を目にし、心臓が止まるような心地がした。

 吸い込まれそうな深い蒼い瞳と、エメラルドの瞳が交錯する。

 フィーリアの心臓が高く鳴り、魂が惹かれ合う錯覚を覚える。そして瞬間に理解した。彼だ、と。

 しばらくフィーリアと彼は見つめ合っていたが、すっと深い蒼い瞳が彼女から離れた。


「レティシア様。こちらにいらしたのですね」


 彼はフィーリアの横を通り抜け、レティシアの前に立つ。


「ごめんなさい。女神様のお姿が見えたので、ついお祈りを捧げてしまったの。探した?」

「いいえ。すぐ見つかりました」


 彼とレティシアは親し気に話す。美しい聖女と、顔の整ったスタイルの良い彼が並ぶと、絵画を見ているような気になる。フィーリアは小さく息を飲んで、そして理解した。

 彼は既に別の人を見つけ、別の道に歩んでいるのだと。

 胸に大きな穴が開いたような感覚もあったが、不思議と彼女の心は凪いでいた。

 レティシアは彼に向けていた笑みをフィーリアに向ける。それに気が付いたフィーリアも己の内心を隠すように微笑みを浮かべた。


「申し訳ありません、フィーリア様。こちらだけで勝手に話してしまって。彼はルーンオードと言って、わたくしの護衛の聖騎士です」

「……ルーンオード・ツリーフォンと申します。レティシア様がご迷惑をおかけしました」


 彼——ルーンオードはレティシアの隣に立ち、ずっと聞いていたい低い心地よい声でそう述べながらフィーリアに頭を下げる。フィーリアは微笑みを浮かべたまま、思考を停止してしまった。

 聖騎士とは、聖女の傍で聖女を守る第一の騎士のことである。聖女が世界でたった一人であるように、聖騎士も世界でたった一人しか存在しない。聖騎士になるには、十分な能力を待つことが第一条件であり、一般の騎士よりも強い。


 彼は二度目の人生以降、剣を極め、戦闘能力を鍛えていたので、強さには申し分がないことは知っていた。しかし、彼が聖騎士になっているなど、夢にも思わなかった。

 やはり、前の人生で、わたしは道を誤ってしまったのだ、と。フィーリアは痛いほど理解した。彼女と彼の繋がりは、なくなってしまったのだ。


「……わたしは、フィーリア・ユリースと申します。わたしが聖女様のお姿を見てこちらに来てしまったので、わたしの方がご迷惑をおかけしてしまいました」


 フィーリアは淑女の礼をして、ルーンオードの顔をできるだけ見ないように彼の首元に目をやった。それでも彼の瞳は目に入ってくる。見慣れた深い蒼い瞳がそこにあるだけで、目が勝手に吸い寄せられる。

 彼と再び目が合う。過去四度、熱を持って彼女を見つめ返してきたその瞳はそこにはなかった。彼は貼り付けたような笑みを浮かべ、冷ややかな目をしていた。


「ヴィセリオ殿には、いつもお世話になっております」

「お、お兄様ですか?」


 フィーリアは突然の兄の名前に驚いて、目をさ迷わせた。確かに聖騎士である彼が、近衛騎士にも引っ張りだこな兄と知り合いであることは自然なことだ。


「い、いえ。こちらこそ、兄がご迷惑をかけていないと良いのですが……」


 何とか言葉を返し、フィーリアは曖昧に微笑む。

 これ以上彼の前にいては、心臓が持たない。そう思った彼女は、ヴィセリオが彼女を迎えに来ることを願った。


「フィア、ここにいたのだね」


 まさかその願いが一瞬で叶うとは思ってもいなかったが。

 フィーリアの頭に大きな手が乗せられ、声の主であるヴィセリオは彼女の後方から姿を現した。彼はフィーリアを見てにこりと微笑んで、前に立つ二人に目を向ける。


「おや。貴女様は……偉大な聖女様ではありませんか」

「ヴィセリオ様、お久しぶりです」


 レティシアはヴィセリオに笑みを向け、彼もまた人好きの良い笑みを浮かべる。聖騎士である彼と兄が知り合いであれば、彼の主である聖女と兄が知り合いであることも疑問ではない。

 ヴィセリオはレティシアからルーンオードに目を向ける。フィーリアは一瞬、ヴィセリオと彼の目が鋭く細められ、二人の間に電気が走ったように見えた。


「これはこれは……聖騎士殿もいらっしゃったとは。聖女様の神聖な気配に隠れていて気が付きませんでした。そんな華奢な体では目立ちもしない。もう少し鍛えてはどうです?」

「ヴィセリオ殿は相変わらず口がお上手なことで。恐れ多い、私がレティシア様よりも目立つわけにはいきません。貴方様こそ、ご活躍されているという噂は時折耳にしております」

「最近の私の噂など、大したものはないと思うのだけどね。聖騎士殿の方が、私よりも知名度は高いでしょうに」


 いや、気のせいではない。この二人の間には確実に雷が走っている。ヴィセリオの空色の瞳とルーンオードの深い蒼色の瞳が淡く光っていて、心なしか二人の体から魔力が出ている。

 助けを求めるようにレティシアを見ると、彼女は困ったような笑みを浮かべた。


「二人はいつも顔を合わせるなりこのように言い争いを始めてしまうのです」

「そうなのですか。……お兄様」


 フィーリアはヴィセリオの袖を引く。彼は彼女を見て、瞳を元に戻して優しく微笑んだ。


「ああ、すまないフィア。君の用事を終わらせないとね」


 ヴィセリオはフィーリアの体を引き寄せ、二人の肩が触れ合う。ヴィセリオは彼女の頭の上に口付けを落とし、彼女の腰に手を回した。いつにもなく距離が近い。彼は笑みを深めて言った。


「それでは、私達は用があるので、この辺りで失礼します」


 フィーリアも曖昧に笑むと、ルーンオードと目が合った。彼は口元に笑みを浮かべているが、その瞳には怒りのような感情が見える。フィーリアの心は嫌な音を立てた。

 ——彼は、わたしを恨んでいるのかもしれない。

 フィーリアは目を伏せ、ルーンオードの視線から逃げるように顔を背ける。


「フィーリア様。また明日お会いできることを願っております」

「わ、わたしもレティシア様とお会いしたいです」


 にこりと愛が溢れる笑みを浮かべたレティシアに手を振り返し、フィーリアは兄に連れられてその場を後にした。

 ルーンオードが彼女の後姿をじっと見つめていたことには、気が付かなかった。


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