入学
入学の日はすぐにやって来た。フィーリアはヴィセリオと共にカルサリア王立学園を訪れていた。学園は王都にあるユリース侯爵家の屋敷から馬車で半刻程かかる場所にある。学園には寮もあるが、彼女達は屋敷から学園に通うことになっている。
ヴィセリオの制服姿はいつ見ても様になっており、道行く人々の視線を奪っている。
「うーむ」
「お兄様、何かお困りごとですか?」
ヴィセリオは学園の門の前で立ち止まって顎に人差し指を添えた。その目は学園を見ている。フィーリアもつられてそちらに目を移した。
白い壁と紺色の屋根や装飾がコントラストとなった、荘厳な建物。中心には天に伸びた塔のようなものが見え、黄金の輝きを放つ大きな鐘がある。学園の敷地面積は世界で一番であり、端がどこなのかフィーリアがいる場所からは見ることができない。
これがカルサリア王立学園。フィーリアは改めてこの学園の大きさを実感した。それに、彼女が通っていた時よりも建物が綺麗になっている。魔道具の発展により建物の洗浄が可能になったからだろうか、と彼女は推測する。
「やはり大々的に言っておくべきか」
「何をですか?」
ヴィセリオの呟きが聞こえ、フィーリアは学園から彼に視線を戻す。彼の表情から何だか嫌な予感がして、彼女はジト目で彼を見た。
「変なことは言わないでくださいね。わたし、目立ちたくありませんから」
「勿論、フィアの迷惑になるようなことは言わないつもりだ。ただ、フィーリアは私の大切な妹だから安易に近寄るな、と全学年の男に伝えようと思っただけで」
「お願いですからやめてください」
何が迷惑になるようなことは言わない、だ。フィーリアは目を据わらせ、兄を睨んだ。ヴィセリオはそんな彼女に気が付いて、軽く笑う。
「冗談だよ。さあ、行こうか」
……笑えない冗談はやめてほしいです。お兄様ならやりかねないことなので。
フィーリアは切実に思いながら、差し出された手を取って学園の門をくぐった。
ヴィセリオにエスコートされながら、フィーリアは周囲を見渡す。彼女達の他にも、新しい制服を着た生徒が多くみられる。フィーリアのように誰かに付き添われながら来ている人の方が少数だ。
さらに、ヴィセリオはその容姿からかなり目立つ。フィーリアには過去三度卒業した記憶があるので、ボロを出すことがないようにあまり目立たないように学園生活を送ろう、と考えていた。 フィーリアの髪は、ヴィセリオと同じく白髪である。ただでさえ白髪は珍しく目立つのに、ヴィセリオと並ぶとより目立つ。しかし既に目立ちまくっていることに気が付き、彼女は内心で息を吐く。
ヴィセリオの腕に力を込めると、彼はフィーリアに目を向けた。
「緊張しているのかい?」
「……そうかもしれません」
緊張しているかと問われたら緊張しているので、フィーリアは頷いた。ヴィセリオは彼女を安心させるために、優しく微笑みかける。幼い頃から見てきた笑みなので、緊張だけでなく、不安になっていたフィーリアの心も落ち着いた。
そのまま学園の敷地内を進み、入学の式が行われる会場に着いた。会場内は新入生と関係者のみが入ることができ、ヴィセリオは入ることができない。彼は未練がありそうにフィーリアの手を離して腰を屈めて彼女と顔を合わせた。
「……フィアから一時も離れたくない」
「式はすぐ終わりますから。少しの間は我慢してください。それに、これから私が学園に通うようになったら、お兄様は傍にいられなくなりますよ?」
「私も十二歳になろうかな。フィアと同じクラスになれば一緒にいることができる」
「無茶言わないでください。お兄様が仰ると、冗談に聞こえません」
フィーリアがむっとした顔を浮かべると、ヴィセリオは困ったように微笑んで、彼女の頭を優しく撫でた。
「式が終わったら、あの噴水の近くで待っておいて。すぐに迎えに行く」
ヴィセリオが指を向けた先にフィーリアは視線を向ける。水が常に噴き出ており、中心には天使が象られた像が飾られている。水回りには細やかな装飾がされていて、見るからに高級感溢れる噴水である。これはフィーリアが過去に通っていた時からあり、その時と変わりがないように見えた。
フィーリアが頷いたのを確認して、ヴィセリオは優しく微笑む。そして彼女の手を取って甲に口付けをした。
「それでは、行って参ります」
「ああ、行っておいで」
フィーリアはヴィセリオに背を向けて会場に入って行った。ヴィセリオは彼女の後姿を名残惜しそうに見ていたが、完全に彼女の姿が見えなくなってから、その場を離れた。