前世の記憶
美術館から移動し、近場のカフェに立ち寄った。フィーリアとヴィセリオが店の中に入ると、店員は彼女らが何かを言う前に個室に案内した。
「フィアは何か食べたいものはあるかい?」
「そうですね……。アイスティーと、キャラメルパンケーキが食べたいです」
「私はブラックコーヒーと、フィアと同じパンケーキを頼もうかな」
ヴィセリオは店員を呼んで、様になる姿で注文した。ブラックコーヒーを頼む彼は、やはり大人である。フィーリアは、苦いコーヒーをそのまま飲むことができない。
商品が届くまでは兄と和やかに美術館の感想や学園での出来事を話した。フィーリアは始め緊張してヴィセリオと対面していたが、彼の優しい微笑みを見ている内に心が落ち着いてきた。
机に頼んだ商品が並び、フィーリアは渋みが少ないアイスティーで喉を潤す。そして、覚悟を決めたようにヴィセリオの空色の瞳をまっすぐと見た。
「お兄様に、聞いていただきたいことがあるのです」
「何かな?」
ブラックコーヒーを顔色一つ変えずに飲んだヴィセリオは、目を和らげてフィーリアを見つめ返す。彼女は乾いた唇を舐めて潤し、口を開いた。
「わたしには……前世の記憶があるのです」
過去四度、同じ人物と夜を共にし、その後死を迎えてしまう。
言葉を探し、言葉を選びながら説明する。愛する彼に抱かれると死んでしまうということを兄に対し直球で伝えるのは気が引けるので、婉曲に言い回ししながら話す。ヴィセリオは真剣な顔で突拍子のない話を最後まで聞いてくれて、それが心強くてありがたかった。
「ルーンオードと夜を迎えたらフィアは死んでしまう……」
ヴィセリオは考え込むように視線を下げながら小さく呟いた。別の人に改めて言われると、とても悲しいような、恥ずかしいような、複雑な気分になる。フィーリアは彼から目を離して、キャラメル風味の強いパンケーキを頬張った。
「以前教会でフィアが倒れた時、あれは呪力の影響だった。フィアとルーンオードは、呪いを受けているのかもしれないね。問題は、その呪いを解く方法だけど……」
ヴィセリオはフィーリアの現状を一瞬で理解して、問題解決のために思考を働かせている。学園で最も優秀な彼なら、簡単にフィーリアよりも先の答えに辿りつきそうだという期待がある。
「一回ルーンオードと話をしてみたら?」
提案され、フィーリアは思わず顔を伏せた。当然、その考えには至るはずだ。呪いを受けている二人が協力し、解呪の方法を探る方が良いということは、彼女も分かっている。
それでも、四度目の人生——前世での彼との確執が、それをすることに抵抗感を与えるのだ。酷く彼を裏切ってしまったフィーリアは、再び彼の隣に立つ資格がないのではないのだろうか、と思っている。
「……ごめんね。無神経なことを言ってしまって」
フィーリアは、眉を下げたヴィセリオを見て、慌てて首と手を横に振る。
「いえ、お兄様は悪くありません。前世で、わたしが彼以外の男性と関係を持ってしまったばかりに……」
「他の男と?」
思わぬところに食いつかれ、フィーリアは恥知らずな過去に羞恥を感じながらも頷いた。説明するにあたり、省いてしまった部分である。過去の汚点なので、進んで話したいことではなかったのだ。
「つまり、フィアはルーンオード以外の男相手なら、死ぬことはないのかい?」
「恐らく……そういうことだと思います」
確証はないが、その可能性は高い。フィーリアの言葉を聞いて、ヴィセリオは再び深く考え込んだ。彼のパンケーキは、いつのまにかなくなっている。
「へえ……聞いていた話と違うな」
フィーリアに聞こえない声量で彼は何かを呟いた。首を傾げて聞き返すと、彼はにこりと笑みを深めて言葉を濁した。首を傾げながら、フィーリアはパンケーキを切り分けて口に含む。




