『契り』
『契り』というタイトルの絵画。初代聖女と勇者が描かれたこの油絵は、サンドリア美術館で最も有名な作品だと言われている。勇者が初代聖女に求婚し、契りを結ぶ場面が、精妙なタッチで描かれている。
フィーリアは感嘆の息を吐きながら、絵画に魅入っていた。この絵画は、他の作品よりも不思議と心が惹かれるのだ。そんな彼女をヴィセリオは優しい目で見ていた。
「フィアはこの絵が好きなのだね」
「はい。とても、不思議な魅力を感じるのです」
「確かにね。私も心が惹かれるよ。この初代聖女、少しだけフィアに似ていると思わない?」
ヴィセリオは初代聖女に指を向ける。偉大な聖女と似ているなんて恐れ多いと思いながらも、フィーリアは勇者の姿をじっと見ていた。
勇者の瞳は、深い蒼色。ルーンオードと同じ色である。
「……彼らは疲労で亡くなったとされているけど、実際は呪いにかけられていたという説もあるみたいだ。大勢の人を救った彼らが呪いにかけられるなんて、酷い話だと思うよ」
ヴィセリオの話を聞きながら、フィーリアは深く考え込んだ。彼女とルーンオードは、呪いのせいで死を繰り返している可能性が高い。初代聖女と勇者は、人々から感謝されていただろうが、同時に誰かからは憎まれていたのかもしれない。フィーリアとルーンオードも呪いを受けているのなら、誰かから憎まれていたのだろうか。
フィーリアは呪いについての知識を全く持っていない。体を重ねると死を迎えるという呪いは存在するのだろうか。ヴィセリオに尋ねてみたいが、聞くからには理由も説明しないといけないだろう。
……もし、兄に転生を繰り返していることを相談したら、彼はどのような反応をするのだろう?
妹に甘い彼のことだから、信じてくれるとは思う。しかし、相談したからといって解決するわけではないし、死を迎えないために一番手っ取り早い方法は、彼のことを諦めて彼と体を交わらせないことであることには変わりない。
「フィア。どうしたんだい?」
「……なんでもありません」
「何か困ったことがあれば、何でも相談してくれ。私はいつでもフィアの味方だよ」
フィーリアの内心を全て察しているように、ヴィセリオは彼女の頭を撫でた。その動きが優しくて、温かい。
一人で抱え込まずに兄と相談してみるのも、良い考えかもしれない。
フィーリアよりも遥かに頭の回転が速く、賢い彼なら、彼女が思いつかなかったようなことを考え付く可能性がある。
「……お兄様。ご相談したいことがあります」
そう言ってヴィセリオを見上げると、彼は今まで以上に柔らかく目を細めて、優しい微笑みを浮かべた。
折角ならと、特別展示室も見に行くことにした。今の期間は、偉人達が使用した武具が展示されている。身に来ているのは、男性が多いように思える。騎士の服を着た人達が、意見を交わしながら展示品を見ている。
「ドニー殿の槍も展示されているのだね。私は槍を扱うのは苦手だけど、彼の技術は剣技に通ずるものがあるんだ」
「そうなのですね。ドニー様というのは、有名な騎士様のことですよね? かつて王国で最強の騎士と言われていた。お兄様とどちらがお強いのでしょう」
「うーむ、難しい質問だね。残念ながら実際に戦う機会はないけど、戦ったら私が勝てるかもしれない」
フィアの前で格好つけたいから、と微笑むヴィセリオだが、過去最年少で王国最強と言われている彼は、本当に過去の偉人よりも強いのかもしれない。




