サンドリア美術館
サンドリア美術館の建物の両端に置かれている像を見上げながら、フィーリアは懐かしさを感じ、小さく笑みを浮かべた。
「この像は、タティアナが造ったものだね。確か、タティアナは他国出身の彫刻師だったかな。フランチェスコと同じ出身地だし、二人の育ったカソーテは芸術の街だったのだろうね。私達ユリースの領地でも芸術は盛んだけど、学ぶべきところは沢山あるな……」
フィーリアの隣に立ったヴィセリオは、彼女が見上げている像を同じように見て、そう言った。フィーリアはただ単に、大きな像の細やかな装飾が素晴らしいと思って見ていただけだが、兄は領地と繋げて考えを広げている。自分は五度の人生を送っているのに、彼との思考の差に恥ずかしさを覚える。
「さあ、中に入ろう」
ヴィセリオはフィーリアの視線に気が付いたのか、にこりと微笑んで手を差し伸べた。彼の手に自らの手を重ねて、美術館の中に入る。
今日の彼の姿は、貴族であることを隠すために軽装であるのにも関わらず、それを完璧に着こなしている。その姿からあふれ出る風格は隠しようがなく、誰が見ても一目で貴族だと分かるだろう。フィーリアも目立たないワンピースを着ているが、こんなに目立つ彼の隣にいると、目立って仕方がない。
二人の白髪はかなり特徴的なので、魔法で髪の色を一般的な栗色に変えている。栗色の髪のヴィセリオは目新しく、少し落ち着かない。しかし彼はいつもと同じ優しい笑みを浮かべているので、安心する。
美術館に足を踏み入れると、美術館独特の雰囲気に包まれる。背筋が伸びる心地がして、フィーリアは周囲を見渡した。
「券を拝見いたします」
「ああ。二人分だ」
ヴィセリオは迷いなく入場口に向かい、手慣れたように券を係員に見せた。係員はヴィセリオを見て一瞬動きを止めたが、すぐに作業に戻る。心なしか、彼女の耳の先が赤くなっている。
「こちら、パンフレットになります。常設展示室はあちらに見えます入り口から入ることができます。特別展示室は、二階となります。どうぞ、芸術の世界をお楽しみください」
フィーリアとヴィセリオは同時に微笑み、感謝を告げながらパンフレットを受け取った。
「初代聖女と勇者の絵画は、常設展示室の最奥に飾られているのだね。順序通り、見ていこうか」
「はい。楽しみです」
ヴィセリオは優しい顔でフィーリアを見て、彼女の手を取って歩く。美術館には他の客も訪れており、腕を絡ませた恋人の姿が多く見られる。ヴィセリオと自分は兄妹であるが、傍から見たら恋人のように見えるのではないかと思って、恥ずかしくなる。
彼は全く気にしていないように歩いて行く。手を引かれながら、フィーリアは小走りで彼の隣に並んだ。
「ふふ。まるで、私とフィアは恋人同士みたいだね」
ヴィセリオはいたずらな笑みを浮かべながら、繋いでいない方の手でフィーリアの頭を撫でた。からかわれていると感じた彼女は、顔を赤くしながら彼に抗議する。
「お兄様。からかわないでくださいませ」
「からかいがいのあるルーンオードがいないのが残念だね。フィアも、本当は彼と来たかったのではないのかい?」
兄の言葉に頬に熱が集まるのを感じながら、フィーリアは必死に頭を振って否定した。ヴィセリオは最近、フィーリアがルーンオードのことを好いていると思っているのか、こうやって時折彼の名を出してはフィーリアの反応を見ている。
「恥ずかしいので、おやめください……」
「……そんな可愛い顔、ルーンオードに見せないでね」
ヴィセリオは、冷たい手をフィーリアの頬に添えた。フィーリアは数回目を瞬いて、彼のペースに巻き込まれないように、彼から目を逸らす。
「早く入りましょう」
常設展示室の前で足を止めていることを気にしたフィーリアは、ヴィセリオを置いて先に展示室の中に入った。彼が苦笑して、後からついてくるのを感じながら、フィーリアは小さく息を吐いて頬を冷やすために両手を当てた。しかし、手も熱を発するため、心地よくはなかった。




