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歓迎パーティー


 歓迎パーティー当日。フィーリアは青いドレスを身に着けてパーティー会場を訪れた。彼女をエスコートするのは、タキシードを完璧に着こなした兄ヴィセリオである。

 タキシードを着たヴィセリオを初めて見た時、制服姿の彼よりも増して甘美な立ち姿に、妹であるフィーリアですら目を奪われた。タキシードは白色だが、彼の髪と比べると灰色に近いことが分かる。


「フィアが綺麗すぎて困ってしまうよ。できるのであれば、私がずっと隣に立っていたい」


 ヴィセリオはフィーリアの頭の髪飾りを撫でる。屋敷を出てから何度も聞いた言葉なので、フィーリアは笑って流した。本気で彼の相手をし続けると疲れてしまい、疲れたフィーリアを休ませるという口実でいつのまにかパーティー会場から抜け出すことになってしまいそうだから、ヴィセリオの言葉は話半分で聞くことにしたのだ。


「このドレス、気に入ったのかい?」

「ええ。肩が冷えますが、とても良いものですね。お兄様、ありがとうございます」


 フィーリアはスカートを摘まんで微笑んだ。このドレスを着てヴィセリオに会った時、彼は随分と驚いた顔をしていた。始めは彼が贈ったドレスではないのかと思ったが、尋ねると彼が贈ってくれたもので間違いはなかった。

 ただ、ヴィセリオは面白くなさそうな表情を浮かべていたことが少し引っかかったが、肩を丸出しにしていることが気になるのだろうと判断した。

 このドレス、かなり露出が多いと思っていたが、着てみると案外肌を出している部分は少なかった。これくらいなら、着ていても恥ずかしくはない。


「ヴィセリオ、もう来ていたのか」


 フィーリアとヴィセリオが談笑していると、黒い礼服を着たルディが彼女達の元に歩いてきた。ルディは二人の前に立って、フィーリアに目を向ける。


「フィーリア嬢、今日は一段と美しいな。青いドレスと貴女の髪色がよく似合っている。月の前に貴女が立っていたら、皆が月の精霊だと見紛うだろう」


 急な社交辞令に、フィーリアは頬が熱くなるのを感じながら、はにかんで感謝を述べた。どうして彼はこんな恥ずかしい台詞を顔色一つ変えることなく言えるのだろう。慣れているのだろうか。


「フィアが可愛いのは当然だ。ところで、私に何か用かな?」


 ヴィセリオはフィーリアを隠すようにルディと彼女の間に割って入り、笑みを浮かべる。ルディは小さく嘆息して、後方に目を向けた。


「何やらざわついていたもので、様子を見に来たらお前がいた。殿下にお前が来たら呼びつけるように言われていたから、ついでについてこい」

「フィアを一人にするわけにはいかない。こんなに可愛い子を放っておいたら、誰とも知らない男に狙われるかもしれないではないか」

「これは学園のパーティーだぞ? 夜会とは違う。命知らずな男はこの学園にはいない……はずだ」


 ルディとヴィセリオが話をしている間、フィーリアは周囲の様子を伺った。兄と話していた時は気にならなかったが、今見てみるとフィーリア達は注目を集めている。ヴィセリオはそこにいるだけで注目を浴びるので、当然のことだと言われたらその通りであるが。

 フィーリアを見る視線の中に、悪意を持ったものも含まれている。フィーリアはそっと息を吐いて、ヴィセリオの大きな背中を見つめた。ヴィセリオにご執心な生徒は多く、彼が常に気にかけているフィーリアは嫉妬の標的になってしまうのである。


「お兄様、わたしは一人でも大丈夫です。早くセオドル様の元に行ってください」

「……ああ、分かった。用を終わらせたらすぐ戻ってくるから。ダンスには間に合うようにするよ」


 ヴィセリオは恭しくフィーリアの手を掴んで甲に口付け、穏やかに目を和らげた。フィーリアも微笑んで返すと、彼はルディと並んで会場の奥に歩いて行った。

 周りの生徒達は二人の姿を見て道を開け、尊敬、羨望などの眼差しで彼らを見ている。フィーリアは苦笑いを浮かべ、人が少ない場所に移動することにした。




「フィーリア様、ごきげんよう」


 フィーリアは声をかけられ、視線をそちらに向けた。赤いドレスを身にまとったアレクシアは、いつにも増して美しく、強かさを前面に出している。


「ごきげんよう、アレクシア様。とてもお綺麗ですね。今まで見たことのある赤いドレスを着た人の中で、アレクシア様が一番お似合いです」

「ありがとうございます。フィーリア様こそ、とてもお美しいですね。その髪飾りは、ヴィセリオ様が作られたものですか? 髪飾りとドレスがよく似合っています」


 フィーリアとアレクシアはしばらくお互いを褒め合い、髪飾りやドレスについて語り合った。いつもとは違う色の扇子を口元に当てながら微笑むアレクシアからは、上流貴族の風格が滲み出ている。フィーリアは彼女の隣に並んで恥ずかしくないよう、自然と背を伸ばした。


「アレクシア様、フィーリア様、こんばんは」


 二人の元に、落ち着いたベージュ色のドレスを着たソフィアがやって来た。彼女に体を向け、フィーリアは微笑みを浮かべる。そして、アレクシアと同じように彼女の美しさを褒める。


「そういえば、ソフィア様はルディ様と一緒にいらしたのではないのですか?」


 フィーリアは、ソフィアが一人だったことに疑問を感じた。ルディは先に会場に訪れていたようなので、ソフィアは一人でここに来たのだろうか。フィーリアであったら考えられないことである。


「兄様は第二王子殿下に呼ばれて、早くから会場に来ておられます。それに、兄妹あっても同時に会場入りする人の方が少ないのではないでしょうか。ヴィセリオ様は、フィーリア様に対してとても過保護なのですね」


 ソフィアの言葉にフィーリアは苦笑いを浮かべた。やはり、ヴィセリオの妹愛は他の人よりも遥かに大きいようだ。兄がいる場合、パーティー会場には兄と一緒に来ることが当然だと思っていたが、それは違ったらしい。もう兄に毒され始めている。


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