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五度目の人生


「ご心配をおかけしました、お兄様。わたし、もう平気です」

「そうかい? まだ顔色が悪いけど……。私はずっとフィアの傍にいてもいいのだよ。いや、寧ろ傍にいたい。いつ君の体調が悪くなるかわからないのだから、心配だよ」


 フィーリアは一人で頭の中の整理をしたいと思ったが、ヴィセリオは彼女の傍から離れる気配がない。彼女が困った顔を見せると、ヴィセリオは優しく微笑んだ。


「私がいると困ることでもあるのかな。私でよければ、何でも相談に乗るよ」


 ……お兄様に相談できるような内容のことではないのですけど。

 フィーリアは内心でそう呟いて、彼に不審に思われないように笑みを浮かべた。


「大丈夫です」


 しかしヴィセリオは彼女の作り笑いをすぐに見破ったようで、眉を下げた。


「……私には話せないことなのだね。無理して聞き出そうとはしないよ。ただ、フィアの気分を悪くさせた輩がいたら、私に言うのだよ。私がフィアの不安を全て排除してあげる」


 かなり物騒なことを笑顔のまま述べる兄をジト目で見て、フィーリアは毛布を頭から被った。


「フィア? どうしたの? 君の可愛らしい顔をお兄様に見せてくれないかい」


 ヴィセリオは優しい声でフィーリアに話しかけるが、彼女は毛布の中で首を振る。彼は毛布越しにフィーリアの頭を撫でるが、彼女は頑なに顔を出さなかった。


「……それほど私がここにいるのが嫌?」

「嫌じゃ、ないです。けど、一人で考えたいことがあります」


 くぐもった声でフィーリアがそう言うと、ヴィセリオは逡巡するような声を出し、そして椅子から立ち上がった。彼はしばらく悩むようにうろうろと寝台の周りを歩き、最後は諦めたように息を吐いた。


「分かった、ごめんね。フィアの気持ちが一番大切だ。私は外に出るから、何かあったら、体調が悪くなったら、すぐに私を呼ぶのだよ」


 フィリーアは頷く。ヴィセリオは名残惜しそうに彼女の姿を何度も振り返って、部屋を出た。




 フィーリアには前世の記憶がある。それも、四度の人生の記憶が。


 一度目の人生では、婚約者であった彼を愛し、心を通じ合わせ、結婚した。しかし、彼と初夜を迎えた二日後。彼と街に出かけた時に、街で暴れていた魔獣に襲われて二人とも死んでしまった。


 二度目の人生では、再び彼と再会し、運命の導きに感謝して交流を深めた。しかし、彼と結婚し、彼と体を重ねた三日後。王都から彼の領地に向かう際、深い谷底に馬車が転落し、死んでしまった。


 三度目の人生では、彼と関わらないようにするも、彼からの熱烈な求婚を受けてそのまま絆されてしまい、夜を越える。しかしその翌日、食事に毒が盛られており、それを食したことで死亡。


 四度目の人生では、今までの流れを変えるために家を飛び出した。その時に人さらいに捕まり、娼館に売られてしまう。客を取るようになり、他の男性と体を重ねるも死なないことに疑問を感じたが、ある日彼が客として訪れて半ば強引に抱かれる。その四日後、客の一人が狂気のままに刃物で襲いかかり、死亡した。


 そして今。フィーリアは五度目の人生を送っている。齢六歳、ユリース侯爵家の令嬢として生きている。

 ……これまでの人生を振り返ると、彼に抱かれた後に死を迎えていると言わざるを得ない。と、フィーリアは考えた。どの人生も、不慮の事故や事件により彼女は命を落としている。これは、偶然とは思えなかった。


 フィーリアは寝返りを打ち、窓越しに暗く沈んだ空を見つめた。過去の出来事を一気に思い出したせいで、脳が酷く疲れている。それでも彼女は思考を続けた。

 四度目の人生では、過去三度の人生とは大きく異なる行動をとったせいで、今世は今までとは違う流れになっているのかもしれない。それを大きく象徴することが一つある。


「……お兄様」


 フィーリアは小さく呟く。過去四度、彼女に兄という存在はいなかった。しかし今世には兄がいる。これは、何か大きな変化が起こったことを表しているのかもしれない。それに、過去四度は、彼が婚約者という関係であった。今世ではまだ婚約者に会ったことがない。そもそもいるのかもわからない。


 ……もしかしたら、彼に会うこともできないかもしれない。彼女は四度目の人生で、彼を裏切るような行動をとった。そのせいで、彼女と彼の魂の繋がりのようなものがなくなってしまったのかもしれない。そう考えると、彼女の心は苦しく軋み、胸が締め付けられるような思いがした。


 それでも、彼と会うことがなければ、フィーリアも彼も死ななくて済む。もし彼も彼女と同じようにまた死んでしまっていたのなら、彼女と同じように五度目の人生を送っているのなら、今度こそは彼を死なせたくない。

 彼に死んでほしくない。彼に幸せになってほしい。


 フィーリアは強く目を瞑る。彼女の瞼の裏には、彼の姿が思い浮かぶ。しかし、彼の名や自分の過去の名前は一切思い出すことはできない。彼の姿も、ぼんやりとしたものだ。ただ、深海のような深い蒼い瞳だけは、強く強く記憶に残っている。


 彼の体の大きさと、温かさを思い出すだけで、全身が熱を発する。もう思い出せない彼の優しかった微笑みを思い出すだけで、涙が出てくる。


 ……それでも。今世こそは、彼を諦めないといけない。


 フィーリアは顔を毛布で覆って、心の苦しみを忘れるために自分自身を抱きしめるように体を丸めた。そして、彼女はそのまま眠りについた。

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