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もう二度と


 ルーンオードは腕の中で意識を失ったフィーリアを強く抱きしめた。

 彼の脳内では、彼女の体に忌々しい力が纏わりついている様子が未だにはっきりと再生される。その力は、ルーンオードが彼女に触れた際に膨れ上がり、彼もまた一瞬意識が持っていかれそうなほどであった。


「フィア、どこにいるんだい」


 聞き馴染みのある声が廊下に響き渡る。ルーンオードは腕の中の彼女を守るように抱え、声の方向に視線を向けた。


「レティシア様とルーンオードではないか。どうしてここに……」


 フィーリアと同じ髪の色を持つ彼は、ルーンオードが抱える彼女に一瞬で気が付いて空色の瞳を見開いた。


「フィーリア! 君達、何があったんだ」


 ヴィセリオがフィーリアの傍に座り、彼女の頬に触れようとする。しかし、ルーンオードが彼女の体を動かしたことで彼の手は宙をきった。


「実は、わたくし達がここに来た時に、フィーリア様の周りにルーンと同じような力が漂っていて……。わたくしが浄化を行ったのですが、フィーリア様は気を失われてしまいました」


 ヴィセリオとルーンオードが無言で睨み合っている時に、レティシアは頬に手を添えてヴィセリオの質問に答える。ヴィセリオはフィーリアから彼女に目を移す。そして考え込むように顎に指をかけた。


「ルーンオードと同じ力が? 本当にフィアとルーンオードは……」


 ルーンオードはフィーリアを抱く力を強める。歯を強く食いしばり、瞳を魔力で揺らす彼を一瞥し、ヴィセリオはゆっくりと息を吐いた。


「妹を助けていただき、ありがとうございました、レティシア様。しかし……神聖な魔力で満ちる教会内でこのような力が発生することは有り得るのですか?」

「本来であれば有りえないことなのですが、フィーリア様とルーンに関しては例外なようです」


 二人の会話を聞きながら、ルーンオードはフィーリアの顔にかかった髪をどける。閉じられた目を見て、彼は蒼い瞳を陰らせた。


「……もう二度と、失いたくない」


 ほとんど消え失せそうな小さな声は誰にも届くことはなかった。ルーンオードはただフィーリアの顔を眺めていたが、視線に気が付いて後ろを向く。その瞳が怪訝に細められた。


「……どうしたのです、ヴィセリオ殿」

「いや。眠る私の妹に、君が変なことをしないかを見張っていただけだ」


 ヴィセリオの言葉を聞き、ルーンオードが瞳に怒りを滲ませると、ヴィセリオは肩をすくめて片目を瞑った。


「君は、今にもフィアを襲ってしまいそうに見える」


 ルーンオードは反論をしようとしたが言葉を飲み込み、再びフィーリアに目を移した。そんな彼の様子を見て、ヴィセリオとレティシアは顔を見合わせて苦笑する。

 それからもしばらく三人は話をしていたが、ヴィセリオは廊下の奥に目を向けて言った。


「そろそろ戻らないと、父上と母上が不安になって私達を探すだろう。フィアがこんな状態になってしまった以上、二人が大騒ぎしてしまうかもしれない。さあルーンオード、フィアを私に返すんだ」


 ヴィセリオは笑みを深め両手を伸ばしたが、ルーンオードは腕の中の彼女を強く抱いて返事をしない。ヴィセリオはもっと笑みを深め、妹を離さない彼の肩を叩いた。


「私に返しなさい」

「もとより彼女は貴方のものではありません。……ですが、仕方がないですね」


 ルーンオードは長い息を吐いて、フィーリアを抱えて立ち上がった。ヴィセリオが両手を伸ばしたので、しぶしぶといった様子で彼に手渡す。

 その一瞬、彼女の手が動いて、ルーンオードは思わず彼女の手をとりそうになった。ヴィセリオの目があったのでその手は途中で止まり、彼は目を逸らしながら拳を強く握る。


 フィーリアを横抱きにして、彼女を優しい目で見つめるヴィセリオを、ルーンオードは暗い瞳でじっと見ていた。


「それでは、失礼します。レティシア様、改めてありがとうございました」

「いえ。フィーリア様の体調が良くなることを祈っています」


 ヴィセリオはレティシアに頭を下げ、体を翻して廊下の奥に去っていった。


「フィーリア様のお体に、不調がでなければ良いのですけど」

「……そうですね」


 ルーンオードの感情が籠っていない返事に、レティシアは苦笑いを浮かべる。


「ルーン、顔が怖いわ」

「私の顔は、いつもこれです」


 レティシアは彼の言葉に笑みを零した。ルーンオードの昏い瞳と対照的に、聖女の瞳には、温かな慈愛が込められていた。


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