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お迎え

エピソード19から公開の順番を間違えていました。大変申し訳ありません。

話の内容を大幅に変更していますので、ご注意ください。


 窓の外に見える空がオレンジ色に染まっている。フィーリアは顔を上げて時計を見た。兄との約束の時間に近い。

 キャンバスを睨むように眺めて油絵を描いていたルディの元に寄り、フィーリアは道具をどのように片付けたら良いのかを聞きに行った。彼はゆっくりと彼女の顔に目を移す。


「そこの棚の開いている所を自由に使ってくれ」

「ありがとうございます」


 ルディは微笑むフィーリアを一瞥して、キャンバスに目を戻した。彼の絵は、製作途中であっても目が惹かれるものだ。一人の青年が剣を携え、月華の元に立っている。思わず息が漏れるような美しい絵だ。

 もしかしたら、この青年のモチーフは兄なのかも。そう思い小さく微笑みながら、フィーリアは画材を持って棚に近づいた。開いている所を見つけ、そこに仕舞う。

 一息ついて後ろを振り向くと、誰かが彼女の前に立っていた。


「迎えに来たよ、フィア」


 頭の上に大きな手が乗せられる。フィーリアは上目でその手の持ち主を確認した。


「お兄様。どうしてこちらに?」

「フィアを待たせるのは気が引けるから、早めに終わらせて来たのだよ」


 優しい笑みを浮かべたヴィセリオは、しばらくフィーリアの頭を撫でていたが、視線を感じたのか後ろを向いた。


「どうしたのかな、ルディ」


 キャンバスから目を離して紅い瞳をヴィセリオに向けたルディは、筆を置いて小さく息を吐いた。


「また途中で仕事を投げ出してきたな?」

「私が一番優先すべきことはフィアだからね。ロバート先生には明日謝っておくよ」


 ヴィセリオの言葉に、また兄が人に迷惑をかけていることを知り、フィーリアは目を吊り上げる。そんな彼女を見て、ヴィセリオは目を和らげた。


「フィアの目がツンとしている。可愛い」

「変なことを仰らないでください! お兄様は、するべきことを終わらせてください。わたしは一人でも帰れるのですから」

「君を一人で帰らすことなどできない。道中には危険が多いのだよ。私が守らないと」


 反論しようとしたが、ヴィセリオに抱きしめられて言葉を続けることができなかった。彼から逃れようと彼の体を押すが、びくともしない。

 力を込めて彼から離れようと試している間に、ルディがヴィセリオの隣に立った。


「そういうことは家でやってくれないか。ほら見ろ、部員達の目を」


 ルディの冷たい声にフィーリアは何とかヴィセリオから離れて周囲を見た。彼女らを見ている生徒達の目がキラキラと輝いている気がする。美しいヴィセリオはただでさえ絵のモデルに向いているというのに、そんな彼の抱擁は彼らの創作意欲を沸き立たせるのだろう。

 フィーリアは彼らの目に移らないように、兄の体に隠れるように体を小さくさせた。


「丁度いい。是非とも私とフィアの抱擁絵を描いてもらおう」

「やめてください、お兄様!」


 フィーリアは顔を赤らめて彼に抗議する。ヴィセリオは笑って、冗談だと軽く述べた。彼が言うと何でも本気に聞こえるので、やめてほしいとフィーリアは切実に思う。


「……は、早く帰りましょう」


 これ以上この場にいられないと、フィーリアは兄の背中を押す。ヴィセリオは再び笑い、フィーリアの隣に並んで手を差し出した。


「本日はありがとうございました」


 差し出された手に自らの手を重ね、フィーリアはルディに頭を下げる。彼は紅い瞳を細め、小さく顎を引いた。




 

 ——後日、生徒会室にて。


「……殿下。私の妹に、何をしたのです」


 ヴィセリオが怒りを隠さない笑みでセオドルの前に立っていた。優雅に椅子に座るセオドルは、応戦するように圧のある笑みを浮かべる。


「何って、君が散々自慢してきた妹君を目にして、確かに君の言う事は正しかったと認識しただけですよ」

「いいですか。決してフィーリアを口説かないでください。彼女は純粋なのです。余計な知識を入れこまないでください」

「可愛いね、と言ったくらいで、余計な知識は与えていないと思いますけど」


 二人とも笑顔であるのに、棘を感じる言い合いを見て、ルディは大きくため息を吐いた。


「……全く。お前はしつこすぎる。フィーリア嬢に嫌われるぞ」

「私はフィーリアを愛しているのだよ。だから、とにかく彼女を甘やかしたい」


 胸に手を当てて物憂げに目を伏せるヴィセリオを見て、セオドルとルディは顔を見合わせ、同時にやれやれと首を振った。


「この様子じゃ、フィーリア嬢が結婚する時、相手は苦労するでしょうね」

「婚約者になる条件は、お前より強いこと、だろう。そんな人間がそうそういるとは思えない」


 二人の言葉にヴィセリオは曖昧な笑みを浮かべた。セオドルは首を傾げ、問いかける。


「フィーリア嬢に関して、何か気になることでもあるのですか?」


 ヴィセリオは窓の外に目を向け、過去の記憶を振り返るように空色の瞳をゆっくりと細めた。


「……いえ。ただ、私より愛の重い男が、ただ一人いるのです」


 セオドルとルディは再び顔を合わせた。その真意を問いたかったが、ヴィセリオが別の話題を出したので、それ以上深入りすることができなかった。

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