兄の友人
エピソード19から公開する順番を間違えてしまったので、大幅変更しています。話の流れが途中でおかしくなってしまい、申し訳ありませんでした。
授業を終え、フィーリアは美術クラブに寄ることにした。フィーリアはアレクシアと共に刺繍クラブに行くと言い、途中で別れてきた。
扉を開けると、独特な油の匂いが漂ってくる。好き嫌いが分かれる匂いだが、フィーリアは慣れているので平気である。
「失礼します」
フィーリアはそっと顔を覗かせる。部屋の中では、数名の生徒がキャンバスに向かって絵を描いている。その中でも、目を引く二人の青年がいた。彼らはフィーリアに気が付いて、体を彼女に向ける。
二人の内の一人、黄色い校章を付けた、銀髪で紫紺の瞳を持つ麗しい青年を見て、フィーリアは目を見開いた。そして、スカートを摘まんで淑女の礼をする。
「御前を失礼します、第二王子殿下」
カルサリア王立学園の生徒会長であり、王国の第二王子でもある彼——セオドルは、フィーリアの言葉に柔らかい微笑みを見せた。
「顔を上げてください、フィーリア嬢。今の私は学園の生徒なので、本来の身分は気にしないでください」
フィーリアは彼に従い顔を上げる。そして、何故彼が自分の名前を知っているのか、驚いて彼の瞳を見つめてしまった。
セオドルは笑みを崩さないまま、耳に自然と入ってくる声で話す。
「ヴィセリオから、貴女の話を聞いていたので。私は貴女のことを知っているのです」
彼の言葉にフィーリアは納得した。確かに、ヴィセリオは近衛騎士に顔を出しているので、守るべきセオドルと顔見知りなのだろう。そして、妹を愛する兄のことだから、妹の話を誰相手にも話しているに違いない。
脳裏に浮かぶ、にこにこと笑みを浮かべた兄に、妹自慢を自重するように言いたい。
フィーリアはセオドルに再び頭を下げた。
「兄がお世話になっております。ご迷惑をおかけしていなければ良いのですが……」
「いえいえ。私の方こそ、彼には助けてもらっています」
温かい雰囲気を纏うセオドルの微笑みに、フィーリアは落ち着く心地がした。彼女がそっと微笑むのを見て、セオドルの隣で二人の会話を聞いていた青年が声を発す。
「……私はルディ・マリヴェル。ヴィセリオとは普段からよく話す仲だ。フィーリア嬢は、美術クラブに入ってくれるのか?」
漆黒の髪に、鋭い紅い瞳を持つ彼を、フィーリアは何度か目にしたことがあった。ユリース侯爵邸に彼が訪れた時もある。その時は、ヴィセリオが彼女に部屋を出ないように伝え、対面で挨拶したことはなかった。
ルディの言葉に頷き、フィーリアは部屋の中を見渡した。生徒達が各々作品に向かい合い、個人の活動を中心としたクラブであることが伺える。
「はい。わたしは美術クラブに入りたいです。よろしくお願いします、ルディ様」
ルディは表情を変化させないまま頷いて、道具が沢山置かれている棚に向かう。彼の姿を目で追っていると、セオドルが彼女の顔を覗き込んだ。
「フィーリア嬢は、ヴィセリオが言うように可愛いですね」
「は、はい……?」
フィーリアは思わず間抜けな声を出した。恐ろしさを感じるほど端麗な顔が近くにある。更に、そんな彼の言葉の内容が頭の中に浸透すると同時に、フィーリアの頬に熱が集まった。彼女は慌てて目をさ迷わせる。
「お、お兄様は、貴方様に余計なことを……」
「私は本気で思っているのですよ。貴女の純白の髪と、エメラルドの瞳が美しく映えていますね。ヴィセリオが散々自慢してくるのも分かります」
本当に、お兄様は王族の方になんてことを仰っているのですか!
フィーリアは記憶の中で飄々と笑む兄に恨み言を呟きながら、セオドルの紫紺の瞳から逃れるように目を離した。彼は、ルーンオードと話している時の兄のような笑みを浮かべている。からかわれている、とフィーリアは分かったが、どう対応すべきかわからなかった。
そのまましばらくセオドルに翻弄されていると、ルディが画材を持って戻って来た。彼は赤くなったフィーリアを見て、セオドルに視線を移す。
「……彼女を揶揄うと、ヴィセリオに何をされるかわかりませんよ」
「ふふっ、そうですね。ごめんなさい、フィーリア嬢」
フィーリアはセオドルの顔を見ないように顔を伏せながら彼の謝罪を受け入れた。いくら学園内で身分の差は重要視しないと言われても、王族相手であればそんなことを言ってられない。本心では抗議をしたくても、できないのだ。
ルディは表情を変えないまま、フィーリアに持ってきた画材を手渡した。彼女は鉛筆や消しゴムが入った箱と、新品の筆、そしてスケッチブックを抱える。
「場所は、好きな所に座ってくれ。イーゼルと画板は近くにあるものを使ってくれて構わない。新入生はまず、デッサンから始める。基礎は教えるから、安心してくれ」
「ありがとうございます」
フィーリアが頷いたのを確認して、ルディはセオドルを見た。
「私は彼女の応対をしますので、貴方様はお戻りください」
「ええ、そうします。フィーリア嬢、絵が完成したら是非私にも見せてくださいね」
セオドルは柔らかく微笑み、彼女に背を向けて部屋を出て行った。そんな彼をフィーリアは呆然と見送る。ルディも同じように扉に目を向け、口を開いた。
「殿下は絵がお好きなので、今のようによく美術クラブに様子を見にいらっしゃるんだ」
「そうなのですね」
生徒会長の彼が何故美術クラブにいるのか疑問に思っていたが、それが理由だったのか。クラブの生徒達が彼を見て騒いでいないのは、慣れているからなのだろう。フィーリアは納得して頷いた。そして、ルディの顔に目を移す。
「ルディ様は、お兄様と同じ騎士クラブに入っておられるのかと思っていました」
「私は騎士クラブと美術クラブの二つに入っている。正直、剣を持って戦うよりも、筆を持って絵を描く方が好きなんだ」
ルディは淡々と話しながら、イーゼルと画板を用意してセットする。彼はフィーリアがやろうとするよりも早く手慣れた様子で準備を進めた。彼女が手伝いをしようとしても、かえって邪魔になるだろう。
フィーリアは椅子に座ると、ルディが隣に立ってデッサンの基礎を指導し始める。フィーリアは相槌を打ちながら、彼に従って黙々と作業に没頭した。基礎を学んだ後は、好きなモチーフを選んでそれのデッサンを行った。
読んで下さりありがとうございます!
投稿している順番を間違えていたことに気が付くのが遅くなってしまい申し訳ないです。




