魔石の色
公開する順番を間違えてしまったので、こちらも大幅変更しています。ややこしいことをしてしまい、大変申し訳ございません。
アランから魔力測定の詳細を聞いている間、フィーリアは他のことに意識が向いていた。
まず、ルーンオードの力について。彼の力はただの魔力のようには見えなかった。やはり、転生を重ねたことによる影響で、魔力に変化が見られたのかもしれない。フィーリアには問題は無いが、もしかしたら同じようなことが起こり得るかもしれない。
そして、彼が力を放出してしまう条件。昨日と合わせて考えると、どちらもヴィセリオが原因で起こっている。兄が余計なことを言うと、彼が瞳に怒りを見せる。
フィーリアは息を吐いて、アランの顔を見た。会場内にヴィセリオやルーンオードを始め、上級生達がいる理由は、魔石の色変化を見分けることができる生徒であるかららしい。
教師達が魔道具に一人付いていると、教師の数が足りなくなる。そのため、実力のある生徒達を派遣しているのだそう。
魔力測定の順番は適当だ。空いた魔道具の場所に自由に行くことになっている。
フィーリアはアランから、ヴィセリオの元で魔力測定は行えないという説明を受けた。先程ルーンオードが言っていたので、フィーリアは頷いて了承する。ちなみに、レティシアはルーンオードの元で測定することはできないようだ。
「……緊張してきました」
アレクシアは顔を固くしてそう言う。フィーリアはつい先程兄から言われた内容を思い出し、彼女に微笑みかける。そして、兄から伝授された内容を告げる。
「……なるほど。自分の魔力だけに意識を……。分かりました、ありがとうございます」
「わたくし、魔力を測定したのはいつぶりかしら」
真面目にフィーリアの言葉を聞いて頷いていたアレクシアの隣で、レティシアは口の下に人差し指をつける。記憶を遡るように瞳が上を向いている。
「レティシア様の魔力量は、とても多いのではありませんか?」
「そうでしょうか? 以前測った時は、わたくしの魔力量は一般よりは少し多かったですけど、先代よりも少ないのです」
フィーリアの言葉にレティシアは笑ってそう返す。聖女にとって大事なのは魔力の量ではなく、魔力の質らしい。
同じクラスの生徒が魔道具の前に並び始めたので、フィーリア達も人が少ない魔道具を探す。
フィーリアは先生に案内され、ルーンオードが担当する魔道具の前に並ぶことになった。魔石の色を判断し、生徒に伝える彼の姿は、とても手慣れているように見える。
隣の魔道具では、ヴィセリオが同じように測定を行っている。彼はフィーリアに見られていることに気がついたのか、彼女を見てにこりと笑みを深めた。その笑みに勇気づけられ、フィーリアは前を見る。
何度か深呼吸を行う間に、フィーリアの順番が回ってきた。ルーンオードはフィーリアの姿を見て、眉をピクリと動かしたが、すぐに貼り付けたような笑みを浮かべた。
「この魔石に手を触れてください」
ルーンオードに従い、フィーリアは拳程度の大きさの魔石に手を触れる。冷たい感触が伝わってきたと思った直後、魔石に魔力を吸われる感覚がした。
フィーリアが思わず手を震わせると、ルーンオードは大きな魔石に目を向けながら言葉を発した。
「魔力が吸われますが、大丈夫です。安心して魔力の流れに意識を向けてください」
少し、優しい声色だ。フィーリアは口元を綻ばせ、目を瞑って魔力の流れに意識を向ける。余計なことは考えないで、魔力の流れだけに集中する。
ヴィセリオとの特訓の成果が出ているのか、魔力を安定して魔石に流すことができた。目を開けて魔石の色を見ると、フィーリアはエメラルドの瞳を見開いた。
深い、蒼い色。彼の瞳の色と、遜色のない色。そして、フィーリアが一番愛する色。
ルーンオードも魔石と同じ色の瞳を見開く。そして彼はそっと魔石に手を滑らせ、口を開いた。
「……標準とされる色は薄い水色で、この色はそれよりも低い位置にあります」
彼の言葉が耳に入ってこないほど、フィーリアは魔石に魅入っていた。ほぅ、と感嘆の息を吐いて、滑らかな動きで深い蒼色の魔石に触れる。
「フィーリア嬢」
ルーンオードの硬い声を聞き、フィーリアは彼を見た。魔石と同じ色の瞳が見つめ返してくる。深海のように暗く蒼い瞳に、吸い込まれてしまいそうだった。
「……あっ。申し訳ありません」
フィーリアは我に返って慌てて目を伏せた。彼に見惚れていたことの恥ずかしさからほんのりと頬に熱が集まり、彼女は視線を足元に向ける。
「……貴女は」
ルーンオードが何かを言おうとしたのでフィーリアは目だけを上げる。そして、彼の瞳を見て息を飲んだ。
燃えるような熱を孕んだ瞳——それでいて、深い闇を孕んだ瞳が、過去の彼の瞳と重なる。
しかし、ルーンオードは大きく息を吐いて、それより先の言葉を述べることはなかった。瞳も今までのような、冷たいものに戻る。
「貴女の魔力量は、残念ですけど標準よりも少ないようですね。ですが、気になさらないでください。魔力の量よりも、大事なことは魔法の使い方ですから」
彼はじっとフィーリアの顔を見ながらそう言う。彼なりに慰めようとしてくれているのだろうか。フィーリアは嬉しくなって、自然と笑みを浮かべた。
「お気遣いありがとうございます。以前からお兄様からそういう旨を聞いていたので、それほど気にしておりません」
ちょっとでも魔力が増えていたらいいな、と考えてはいたが、魔力を途中から増やすことは難しいとされている。フィーリアは再び魔石に目を向けて、口元を緩めた。
魔力の量が少なかったとしても、魔石が彼の瞳と同じ色になったことが、とても嬉しい。
ルーンオードは微笑むフィーリアだけをじっと見つめ、瞳をゆっくりと細めた。
「……魔力測定は以上になります。こちらで記録しますので、お戻りください」
温度が低くなった声色に、フィーリアは内心で寂しさを感じたが、それを感じ取られないように微笑みを浮かべて頷き感謝を述べて、彼に背を向けた。
——彼を見ていると、どうしても彼の熱を思い出してしまう。
自分を見つめ返す瞳を思い出し、フィーリアは熱くなった頬を冷ますように頬に手を当てた。
そんな彼女の姿を、ルーンオードは感情を読ませない鋭い眼光で見つめていた。




