蘇る記憶
雨が降る庭で、フィーリアは空を見上げていた。顔に雨があたり、目に雨粒が入ろうとも、彼女は空を見ることを止めなかった。
「……あめ。あめ、あのときも……」
フィーリアは呆然と、まるで何に憑かれたかのように同じ言葉を繰り返す。雨、あの時も雨は降っていた、と……。
「……あのとき? わたし、わたしは……」
フィーリアは突然自分の頭を抱えて座り込んだ。頭が痛い。脳が悲鳴を上げているように痛い。彼女は痛みからか、涙を流した。彼女の脳内には、フィーリアが知らない男の姿が思い浮かび……。
「————」
フィーリアは誰かの名前のようなものを呟いて、彼女は雨に濡れた地面の上で、一人倒れこんだ。
「————、……リア。フィーリア」
少女は自分の名が呼ばれた気がして、ゆっくりと目を開ける。彼女の目に真っ先に入ったのは、夢の中で見たような深海の色ではなく、空を映したような瞳だった。
少女は目を瞬いて、呼ばれた名前を頭の中で反芻する。わたしは、フィーリアだと。
「お兄様」
フィーリアがそう呟くと、彼女の顔を覗き込んでいた少年はにこりと微笑み、彼女の頭を優しく撫でる。
「よかった。目を覚ましてくれたね、私のお姫様」
フィーリアの兄であるヴィセリオは、光の当たりようによっては金髪とも銀髪とも呼べるような白い髪を揺らして彼女から顔を離した。フィーリアは彼の動きを目で追いながら、自分が何故横になっているのかを思い出す。
確か、わたしは庭にいたような気が……。
フィーリアの頭に鈍い痛みが走った。彼女が顔を顰めると、ヴィセリオは心配そうに彼女の額に手を当てる。
「フィアは庭で倒れていたのだよ。雨が降っている中倒れる君を見て、私は息が止まるかと思った。一人で外に出てはいけないと、あれほど言っていたのに……」
「……ごめんなさい」
フィーリアが目を伏せて謝ると、ヴィセリオは慌てて両手を振った。
「決してフィアを責めているわけではないよ! これは私の責任だ。フィアを一人にした私が悪い」
ヴィセリオはすぐに陽だまりのような笑みを浮かべ、妹の手を握った。彼はその手を包み込む。
「ゆっくり休むのだよ。雨のせいでフィアは熱を出してしまった。頭が痛むかい?」
「……痛い」
フィーリアの言葉にヴィセリオは痛ましそうな顔を見せた。そして彼女を安心させるように微笑み、包み込んだ手を強く握る。フィーリアははっきりしない視界の中、手の温もりを頼りに、未だ痛み続ける頭を働かせて、大切なことを思い出そうとした。
彼女にとって大切な、あの深い蒼色の瞳——。
「フィア? そんなに痛むのかい? ああ、可哀想に……私が君の痛みを全て引き受けたい」
ヴィセリオに目元を拭われてはじめて、フィーリアは自分が涙を流していたことに気が付いた。それと同時に、彼女は全てを思い出した。
これは、フィーリアにとって、五度目の人生だということを。
そして、過去四度、大好きな人に抱かれた直後に死んでしまったことを。