新たな友達
翌日。教室で席に着いていたフィーリアの元に、三人の女子生徒が寄ってきた。
「ごきげんよう、フィーリア様」
正面に立った、つり目で赤みがかった茶色の髪を伸ばした女子を見て、フィーリアは慌てて立ち上がり礼をした。
「アレクシア様、おはようございます。昨日はご挨拶が出来なくて、申し訳ありません」
アレクシアは手に持った扇子を広げ、口元に当てながらフィーリアを見る。
「いえ、お気になさらず。それよりも、わたくし貴女様に聞きたいことがあるのです」
「……なんでしょうか?」
フィーリアは何かアレクシアの気に障るようなことをしてしまったのかと内心慌てる。アレクシアは目を細め、フィーリアの頭上を見た。
「その髪飾り。どこで購入されたのですか?」
フィーリアは頭についている髪飾りに触れた。髪飾りは、水色で細やかな装飾がされ、フィーリアの白髪を美しく鮮やかに強調している。
何か注意をされるのではないか、と思っていたフィーリアは、安心して小さく微笑んだ。流行の先を行くアレクシアは、おしゃれな飾りに目を惹かれたのだろう。
「こちらは、お兄様に作っていただいたものです。氷魔法を用いて作った、と仰っていました」
「まあ、魔法で!?」
「ユリース様のお兄様は、確か……」
アレクシアの隣で付き添うように立っていた二人の女子が驚いたように声を上げる。
当然の反応だ、とフィーリアは頷く。かなりの技術と神経、魔力を要するため、魔法で創造物を作成することは難しいとされる。それにも関わらず、妹のためにこのような髪飾りを作ってしまうヴィセリオは、凄いを通り越して怖いくらいだ。
「それは残念です。そのような美しい髪飾りがあるのであれば、わたくしも手に入れたい、と思ったので。申し訳ありません、急に話しかけてしまって」
アレクシアはほとんど表情を変えることなく、しかし雰囲気でがっかりしているのが見て取れた。
「アレクシア様は、髪飾りがなくてもお美しいですよ」
フィーリアがアレクシアにそう声をかけると、彼女は少し目を丸くした。二人の女子も同じように目を丸くしている。何か変なことを言っただろうか、とフィーリアは首を傾げた。
「……ありがとう存じます。フィーリア様も、その髪飾りが映えてよりお美しく見えますね」
アレクシアは目を柔らかく細めた。口元は扇子で見えないけれど、彼女が微笑んでいるのだと分かる。フィーリアも優しく微笑んだ。
「……あ、あの」
アレクシアが何かを言おうとしたので、その続きを待つ。しかし彼女は目をさ迷わせるだけで何も言わない。二人の女子が彼女を応援するように両手を握っている。
「わたくし、フィーリア様と……」
「フィーリア様! おはようございます!」
アレクシアが意を決したようにフィーリアの顔を見たが、ちょうどその時に明るい声が耳に入ってきた。
視線を声の方に向けると、レティシアがにこにこと微笑んでフィーリアの元に駆け寄る。そしてアレクシアのことに気がついたのか、慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい! お話を遮ってしまいました……」
レティシアは申し訳なさそうに眉を下げる。アレクシアはしばらく彼女を見つめていたが、やがて息を吐いた。
「……いえ。聖女様に非はありません。失礼しました、フィーリア様」
アレクシアがそのまま去ろうとしたので、フィーリアは彼女を呼び止める。
「アレクシア様。先程は何をおっしゃろうとなさったのですか?」
「……忘れてくださいませ」
フィーリアの質問にそう答え、アレクシアは二人の女子を引き連れて後方に去っていった。
「フィーリア様。わたくし、あの方を不快な気分にさせてしまいました」
しゅん、と肩を落としたレティシアに、フィーリアは笑みを浮かべて話す。
「アレクシア様は、不快な気分になどなっておられないと思いますよ。彼女はとてもお優しい方なので」
フィーリアとアレクシアは、幼い頃に何度かパーティーなどで会ったことがある。そのため、彼女の人となりは大体理解しているつもりだ。
「また後程、一緒にアレクシア様とお話ししましょう」
「はい、フィーリア様!」
フィーリアの提案に、レティシアは笑顔になって頷いた。
「あの、デュラス様。先程はデュラス様とフィーリア様のお話を遮ってしまい、大変申し訳ありませんでした」
授業を終え、放課になってから、レティシアと共にアレクシアの前に立った。レティシアは彼女に頭を下げる。
「顔を上げてくださいませ。貴女様はそんなに悪いことはしておりません」
アレクシアは表情を変えることなくレティシアを見る。傍から見ると、怒っているとも捉えられそうな無表情だ。レティシアもそう思ったのか、目を伏せている。
フィーリアは、レティシアが友達を欲しがっていたことを思い出し、この二人を何とかして友達という関係にできないかと考えた。アレクシアはとても良い子なので、レティシアとも話が合うだろう。
「アレクシア様。わたし、貴女様のお友達になりたいです」
フィーリアの言葉に、アレクシアははっきりとわかる程目を見開いた。
フィーリアは、友達の友達は友達、という作戦を考えつき、レティシアの友達であるフィーリアがアレクシアと友達になると、レティシアとアレクシアも友達になれる、と判断した。
しばらくアレクシアの顔を見ていたが、彼女は中々返事をしない。扇子で口元が隠されているので、目以外から感情を読み取ることができない。
フィーリアが不安になりかけていた時、アレクシアは口を開いた。
「……わ、わたくしと、フィーリア様が、……友、達」
動揺しながら目をさ迷わせ、アレクシアは助けを求めるように後ろの席に座る二人の女子に視線を送る。彼女らは握りこぶしを作って頷いた。
アレクシアはフィーリアに視線を戻し、扇子で口元を覆って喉を鳴らす。
「も、もちろんですわ。貴女様が、そう望むのであれば」
そう言う彼女の声色は、先程よりも明るく弾んでいる。フィーリアは彼女を優しい眼差しで見て、微笑んだ。
「ありがとうございます、アレクシア様。わたし、とても嬉しいです」
本心から述べたフィーリアの表情を見てアレクシアは固まり、目元をほんのりと赤らめた。
「わ、わたくしも、嬉しいです。よろしくお願いしますわ」
目を伏せて顔を赤らめる彼女が可愛らしく見え、フィーリアは再び優しく微笑む。
レティシアはそんな二人を交互に見て、両手を体の前で合わせた。アレクシアを見るその目は期待で輝いている。
「あ、あの! わたくしも、貴女様のお友達になりたいです!」
アレクシアは動揺したように目をさ迷わせ、フィーリアを見る。フィーリアが微笑んで頷くと、彼女は真っ直ぐとした瞳でレティシアを見つめた。
「お友達として、よろしくお願いしますわ、レティシア様」
「はい! アレクシア様!」
レティシアは嬉しそうに口元を綻ばせて笑った。彼女の周りに花が咲いて見えるような、雰囲気が明るくなる笑みだ。
フィーリアもつられて笑顔になり、一緒に話し始める二人を優しく見守っていた。




