下校
音楽クラブの次は、美術クラブの見学に行った。音楽クラブと異なり常に静かで、部屋にはキャンバスに絵を描く音だけが響いている。クラブ長も穏やかそうな人で、オリビアよりも遥かに落ち着いていた。
その後も、刺繍クラブ、料理クラブ、チェスクラブ、魔法クラブなど、目に付いたクラブの見学を行った。
「是非、是非、魔法クラブ研究科に入ってください!!」
魔法クラブはいくつかの科に分かれている。最後に訪れていた魔法クラブ研究科のクラブ長は、フィーリアがヴィセリオの妹だと知った後、しつこく勧誘を行ってきた。フィーリアは曖昧に微笑んでそれを躱し、部屋を出る。
「面白いクラブが沢山ありましたね」
「なんだか疲れてしまいました」
フィーリアは疲れが滲み出ないように気を入れ直した。訪れたクラブで出会った、良く言って個性溢れる、正直に言って変人の先輩達を思い出し、小さく息を吐く。
「……わたしは、美術クラブに入ることにします。落ち着いた所が一番です」
「わたくしは、音楽クラブと刺繍クラブに入りたいです」
フィーリアとレティシアは、話をしながら別館を出て噴水前で立ち止まる。
「レティシア様は、お一人で帰られるのですか?」
「ルーンが忙しくない時は、彼が供に付きます。今日は一緒に帰ります」
予想していたことだが、やはりレティシアとルーンオードは同じ馬車に乗って帰るのだ。フィーリアは笑みが崩れないように口元に力を入れる。
分かっている。聖騎士である彼は、聖女であるレティシアを守ることが使命なのだから。
「フィーリア様は? ヴィセリオ様と一緒ですか?」
「はい。わたし一人で帰ることを、お兄様は許してくださらなかったので」
フィーリアはヴィセリオの言葉を思い出した。フィアが一人で帰るなんて危険すぎる。必ず私と一緒に帰るように。
ヴィセリオとフィーリアが帰る時間帯は異なるのに、そんなこと不可能なのではないか、と彼女は考え、そう言ったが、兄は譲らなかった。
「今日もこの辺りで待っていてと言われたのですが……」
周りを見渡すが、目立つ兄の姿は見当たらない。
「こっそり一人で帰っては駄目でしょうか」
フィーリアはぼそりと呟く。レティシアはその呟きを聞き取って、苦笑いを浮かべた。
「ヴィセリオ様のことですから、彼が学園中でフィーリア様を探して、大騒ぎになるかもしれませんよ」
レティシアが言った風景が目に浮かぶ。ヴィセリオが全ての部屋に乱入し、魔力の残り香で部屋の備品が壊れていく様子が見える。そして、屋敷に帰ってフィーリアが彼に詰められることも。
……わたしのせいで、学園に迷惑をかけたくありません。
「わたくしもルーンが来るまで待つので、一緒にお話しましょう」
レティシアの柔らかい笑みに、フィーリアも頬を緩めて微笑んだ。
レティシアと共に最近の流行りや好きな食べ物、好きな音楽の話をしていると、ヴィセリオとルーンオードがやって来た。
「すまない、フィア。待たせてしまったね」
「申し訳ありません、レティシア様。ヴィセリオ殿の手伝いをしていたら、遅くなってしまいました」
フィーリアはルーンオードの言葉にヴィセリオをジト目で見ると、兄は軽い調子で微笑んだ。
「いや。あれは私のせいではない。あんなに脆い魔力測定器を置いている学園の責任だ」
「……それは王族に対する不敬にあたりますよ」
ルーンオードは呆れた顔でヴィセリオを見た。ヴィセリオは気にした様子も見せず、フィーリアの肩に触れる。
「クラブ見学はどうだった? 入るクラブは決めたかい?」
「美術クラブに入ることにします」
「美術クラブ! いいじゃないか。フィアの絵は見る者を引きつける。フィアが幼い時に私に描いてくれた絵は、今でも大切に残しているよ。色の使い方が上手で、形の捉え方もプロと見紛うほどだった」
「や、やめてくださいお兄様! 昔の話ですから。恥ずかしいです……」
過去の話を引き出され、フィーリアは頬を赤らめながらヴィセリオに抗議する。彼はフィーリアを優しい目で見つめ、頭を撫でる。
「フィアは可愛いね。さあ、もう帰ろう。明日から授業も始まることだし」
フィーリアは髪をかき混ぜる兄の手から逃れ、気を取り直してレティシアを見る。深い蒼い双眸が彼女を見ていることには意識を向けないようにして。
「レティシア様。本日はありがとうございました。明日もお会いできるのを楽しみにしています」
「わたくしも、楽しみにしています。今日はありがとう」
レティシアは嬉しそうに微笑んだ。フィーリアもつられ、自然に笑みを浮かべる。
ヴィセリオが手を差し出したのでそれを掴む。レティシアもルーンオードの手を掴んだのを見て、痛んだ心には気が付かないふりをした。




