自己紹介
「フィーリア様!」
入学の式が行われた翌日。フィーリアは教科書等を受け取った後に教えられたクラスに入ろうとした時、彼女を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、美しい金髪が視界に広がる。
「レティシア様……おはようございます。貴女様もこちらのクラスなのですか?」
「はい。フィーリア様とご一緒だなんて、嬉しいです!」
レティシアの人好きの良い笑みにつられ、フィーリアも笑みを浮かべる。
「わたしも嬉しいです」
フィーリアとレティシアは並んで教室の中に入る。すでに教室の中にいた生徒達の視線が、一斉に二人に注がれた。
聖女であるレティシアが皆の視線を引き付けるのは分かっていたことだ。そんな彼女と並んで入るフィーリアも目立つことも当然分かっていた。できるだけ目立たないように、と考えていたフィーリアだが、それは叶わないことが今決定した。
目立たないために、レティシアと距離をとることは嫌だ。フィーリアはレティシアに対し親愛の情を抱き、仲良くしたいと思っている。
フィーリアとレティシアは後ろの方で開いていた席に隣り合って座る。レティシアは座ってから、フィーリアと顔を合わせた。真面目な顔だったので、フィーリアもじっとルビーサファイアの瞳を見つめた。
「わたくし、今まで同年代のお友達がいなかったのです。もしよろしければ、その……わたくしとお友達になっていただけないでしょうか!」
フィーリアは驚いて目を丸くした。レティシアは恥ずかしそうに俯き、ちらちらとフィーリアの顔を伺っている。その様子が変わらず可愛らしく、フィーリアは思わず笑ってしまった。
「ええ。勿論です。わたしの方こそ、レティシア様とお友達になりたいと思っていたのです」
フィーリアの言葉にレティシアは顔を上げ、花が開くように明るい笑顔を浮かべた。ガラス越しから入る陽の光が彼女を照らし、その美しさにフィーリアは息を飲んだ。周りの生徒達からも感嘆のため息が聞こえてくる。
「これからよろしくお願いします、レティシア様」
「こちらこそよろしくお願いしますわ、フィーリア様」
フィーリアとレティシアは顔を見合わせ、共に微笑んだ。
妙齢の男性が部屋に入って来て、教室内は静まり返った。
「皆さん、おはようございます。そして入学おめでとう。私はアラン・キャロル、このクラスの担任です。どうぞよろしく」
アランは穏やかに微笑んで生徒達を見回した。
「今日は学園内の案内をメインで行います。授業は明日から始まります。時間割は既に渡されていると思うので、準備をしておくように。まずは……皆の名前を覚えるためにも、自己紹介をしておきましょう。前の席の人から順番に、お願いします」
一番前の席に座っていた生徒が前に出て、名前と一言を述べる。学園内では身分の差はないとされ、皆が平等に扱われるため、紹介順や座る場所に身分は関わってこない。
レティシアの番が回ってきて、前に出る。彼女がにこりと微笑むと、教室の雰囲気が一気に明るくなったような気がした。
「わたくしは、レティシア・ホーリィと申します。どうぞ、学園内ではわたくしを一生徒として扱ってください。仲良くしていただけたら嬉しいです」
歌うように紡がれる心地の良い声に、フィーリアを含めた生徒達は息を吐いた。聖女としての風格が隠されておらず、彼女を一生徒として扱うことなど不可能なのではないか、とフィーリアは思った。
レティシアの次はフィーリアの番である。彼女は席を立って、レティシアと入れ替わり前に立った。スカートを摘まみ、淑女の礼をする。
「フィーリア・ユリースと申します。よろしくお願いします」
何の変哲もない言葉だけを述べ、フィーリアは淡く笑む。レティシアの後なので、自分のことなど印象に残らないだろう、と彼女は考えていた。ユリース侯爵の名は、ヴィセリオの事も相まって有名ではあるが、フィーリア個人が名を馳せたことはないので、気に留める人は少ないだろう。
席に戻ると、レティシアが微笑んで彼女を迎えた。フィーリアも微笑みを返し、全ての生徒の自己紹介が終わるのを待った。
フィーリアの特に印象に残った人物が三人ほどいた。
シルヴァン・レール。近衛騎士の隊長を務めるレール侯爵の令息で、シルヴァンはヴィセリオを師と仰いでいるという話を聞いたことがある。
アレクシア・デュラス。デュラス公爵家は貴族間でもかなりの権力を持ち、公爵夫人は社交界の花と言われるほど、流行の先を行く人物である。デュラス公爵家の名を聞いたことがない貴族はいないだろう。
ソフィア・マリヴェル。彼女の兄はヴィセリオの級友であり、マリヴェルという名に聞き覚えがあった。




