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仮婚約二日目。
本日の予定は王宮へ行き、国王陛下のなんらかの病を治癒魔法で治すこと。
今日はネネは業務がお休みのようで、ココが私の付き人をしてくれるそうだ。
着替えや化粧まで全てココがやってくれた。
「これが……私?」
「ふふふ。奥様の整ったお顔が、さらにお綺麗になりましたわ」
「ありがとう!」
化粧などしたことがなかった。
ココの腕が良いからだろう。
少しはグレス様の理想に近づくことができただろうか。
ワクワクしながら朝食を食べにグレス様が待っている部屋へと向かう。
「おはようござい……ます。良く眠れましたか?」
グレス様が顔を赤らめ、どこかよそよそしい雰囲気だ。
「おはようございますグレス様。至れり尽くせりで感謝してもしきれません!」
「いえいえ。あぁ……私はなんて幸せ者なのだろうか……」
「はい?」
「なんでもありません。さぁ、この後王宮へ向かいますからね。しっかりと食べてください」
夕食に続き、朝食も私の好むものばかりのメニューだった。
「あぁ~……おいしいです!」
「良かったです。きっと料理人も喜んでいることでしょう」
「どうして私の好みばかり用意してくださるのですか?」
「それは当然のこと。ファルアーヌさんに喜んでもらうのが私の義務ですから」
うーん……。嬉しいけれど、それでは今後夫婦生活をしていく上では違う気がした。
「グレス様の好きな食べ物はなんですか?」
「私ですか? そうですね……力になりそうな物。例えば脂身の少ない肉とかですね」
肉が好きなようだ。しかもヘルシー思考。
しかし、昨日の夕食にも今日の朝食にも肉はなかった。
「グレス様が好きなメニューも一度食べてみたいです」
「えっ?」
驚いたような顔だった。
その表情を見て、私ははっとしてしまった。
やばい、仮婚約取り消しがあり得るような発言だった。
『私に肉を与えなさい!』
そんなワガママを言ってしまったと思われたかもしれない。
伝え方がまずかった。
グレス様の好みの料理がどんなものなのかと興味があっただけだと訂正したい。
しかし、グレス様は再びクスクスと笑みを浮かべた。
「では、本日の夜は私が普段食べているメニューにしてもらうよう料理人に頼んでおきましょう」
「あ……ワガママなことを言ってしまい申し訳ございません!」
「ワガママ? そんなことありませんよ。むしろファルアーヌさんは優しいなと思って、嬉しくてつい笑ってしまいました」
どうやら、仮婚約生活取り消しの危機は脱したようだ。
ただでさえ居心地の良さを堪能してしまい本性が出てしまっている。
本当に気をつけなければ。
♢♢♢
馬車に乗り、王宮へと到着した。
警備兵が何人もいて、グレス様が慣れた仕草で馬車から降りて挨拶をする。
「お疲れ様です。突然ですが面会で来ました」
「かしこまりました。どうぞお進みください」
グレス様は警備兵たちにも物腰が低かった。
警備兵たちもグレス様に対して尊敬しているかのようで、笑顔で会釈をして門を通してくれる。
「そう緊張することはありません。と言っても難しいですよね」
「治癒魔法でしっかり治せるかどうかで緊張しています」
「そちらは心配ないでしょう。なにしろ、回復不可能だったはずの私の病気も治してくれたのですから」
まだ数回しか発動したことのない治癒魔法。
もっと試してみたいところだが、まずは国王陛下が苦しんでいるのだから試す前に実行しなければだ。
うまくいきますように……。
それだけを願い、国王陛下が待っているという応接室に入った。
「ジュライトよ、此度は急な面会だったため準備がままならずすまぬ。……あーーーっ!!」
私を見て急に大きな声を出しながら驚いている方が国王陛下か!?
なぜ急に驚くのかがわからなかった。
「ファルアーヌさん……こほん、レイナ令嬢と伯父様はお知り合いだったのですか?」
「知り合いではないが、そなたは……!」
「お初にお目にかかります。レイナ=ファルアーヌと申します」
「そ、そうか。ファルアーヌ子爵のところの長女か。私はベルフレッド=グレス。そなたのことはジュライトや弟のガルガから話は聞いておる」
それだけであの反応はしないと思う。
どこかで会ったことがあったのかもしれないと思うと、お初にお目にかかりますはマズかったかもしれない。
「間違っていたらすまぬが、昨日王族通りと貴族通りを繋ぐ検問所付近で、人助けをしなかったか?」
「は、はい……」
まさか国王陛下に見られていたとは思わなかった。
誤魔化すだなんてできないし、事実を告げるしかできない。
「ありがとう!」
「はい?」
「やはりそなたが助けてくれたのだな。感謝しても足りぬよ」
グレス様だけはこの状況を理解しているように見えた。
「なるほど……そういうことでしたか」
グレス様は微笑みながら頷いている。
「信じてもらえないかもしれぬが、昨日倒れていた男は魔法で変装していた私だよ」
「えっ!?」
治癒魔法を知られたくないがために、治した後すぐに逃げ出すというとんでもなく失礼なことをしてしまった。
慌てて頭を床にくっつける。いわゆる、土下座という大勢だ。
「国王陛下だとは知らずとはいえ、突然去ってしまい申し訳ございませんでした!」
「顔を上げてくれたまえ。先ほども言ったが私はそなたに感謝しているのだよ」
「は、はい……」
顔を戻すと、ベルフレッド陛下の表情は笑顔だ。
「私は余命宣告されている持病があったのだが、昨日その発作が起きてしまったようであの場に倒れてしまったのだよ。しかし、なぜか元気になっているではないか。医師の診断も受けたが、余命宣告も解消された。いったいどういうことなのか教えてくれぬか?」
話しても良いのかどうか確認するため、私は顔をグレス様に向けた。
「彼女は治癒魔法を使えるようです」
「なっ!? あの伝説の属性魔法をか!?」
「私も昨日知り驚きました。伯父様の病も治せるかと思い、本日ここに連れてきたという流れです」
「そうだったのか。ジュライトにも感謝するよ。こうして治癒してくれた者を連れてきてくれたのだから」
そう言いながら、国王陛下が頭を下げてきた。
「改めてお礼を言いたい。私の命を救ってくれてありがとう」
「とんでもありません。魔法を使うことができて私も嬉しかったです」
「魔法を放つのが嬉しい……か。なにからなにまで素晴らしいなそなたは」
むしろ楽しんで魔法を使っていることが申し訳ないとも思ってしまう。
治癒魔法を発動していることに楽しんでいるのだから。
もちろん対象者を治して元気になってほしいという意識はあった。ただしその前提として、魔法が発動できているという達成感が嬉しくて仕方がないのだ。
正直にグレス様やベルフレッド陛下にそう伝えた。
「そう深く考えることもあるまい。日々悩まされていた身体の痛みも倦怠感もない。生き返った気分だ。どういう気持ちで魔法を放とうが治してもらったことへの感謝の気持ちは変わらぬよ」
「魔法は放つたびに疲労感があるもので、使用頻度によっては目眩なども起こします。それを嬉しいと思えていること自体も素晴らしいですよ」
「疲労感が今のところないからかもしれません」
「これだけ強力な魔法を使ってもなにもないとは。治癒魔法が特殊なのか、それともそなたの魔力が規格外なのか……」
とにかく魔法を使うことが嬉しいし楽しい。
疲れるまでずっと発動していたいと思えるほどだ。
「レイナ殿よ。命の恩人になにか報いたいと思っているのだが、なにか望みはないかね?」
「いえいえ! とんでもございません!! 私は魔法を使いたかった。ベルフレッド国王陛下は元気になった。それで良いではありませんか」
私は魔法を使う機会があったことに感謝。ベルフレッド国王陛下は元気になった。
それだけでウィンウィンの関係だと思うし、それ以上なにか望みたいだなんてとんでもない。
物欲も特にあるわけではないし、昨日から始まった仮婚約生活で十分すぎるほど満たされている。
しかし、ベルフレッド国王陛下は困った表情をしていた。