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公爵邸の庭園にて。
私とジュライト様の二人で、日の光を浴びながらのんびりとティータイムを楽しんでいる。
「アルミアさん、夜会以来ファルアーヌ子爵家から一歩も外に出ていないようです」
「あぁ……」
「貴族界隈から笑い者にされてしまいましたからね。もうどこからも縁談のような話は来ないでしょう……」
それだけで済んだのだから、むしろ安心した。
アルミアが心を入れ替えて真っ当に生きようとすれば、まだ巻き返せるチャンスはありそう。
ただ、とてつもなく大変だとは思うが……。
「問題なのはファルアーヌ子爵と夫人ですね。あからさまに過去の悪事が判明してきていますから」
「そうなのですね」
そちらに関してはもうなにも気にしていない。
私にとってはアルミアだけは唯一の家族だと思っている。
散々わがままばかりで迷惑もかけてきていたが、魔法や物理的に痛めつけてくることはしてこなかったのだから。それに、元はと言えば甘々に育ててきた両親に問題があった。
アルミアもまた、両親による被害者でもある。
「レイナにとっても関係のない話ではありませんよ。特に例の火事の件で」
「はい?」
「あの時、僕はレイナに命を救われました。そういう意味ではレイナとこうして一緒にいるキッカケにはなったわけですが、決して彼らが許されることではありませんよ」
「ちょっと待ってください。あの時、私がジュライト様も助けた? どういうことです!?」
すっかり忘れていた。ジュライト様が私に何回か助けられたことがあったと言っていたことを。
その度に別の話題が先行して聞きそびれていた。
今回はしっかりと聞くことにする。
「十年以上前、ファルアーヌ子爵家が半焼した事件。あれはファルアーヌ子爵の陰謀だったのではないかと調べています。そしてその火事の時、私はレイナに命を救われました」
「私が助けたのはアルミアだったかと……」
「ははは、やはりそうですか。まだレイナは幼かった。しかも苦い事件でしたから記憶も曖昧なのでしょう。あの時炎を消したのは私です」
「えっ!?」
「たまたま近くにいましてね。水属性を使えるのは私だけでしたし、当時は私も魔法を放つのが楽しかった。だから迷わず火災の中へ突っ込んだのですよ。そしてレイナとアルミアさんを見つけた……。お二人は魔法を使えるとは思えなかったので、とにかく逃げろと言いましたよ」
全く覚えていない……。
だがジュライト様が嘘をつくわけがないし、事実なのだろう。
あの時はアルミアが炎に巻き込まれそうだったから必死に手を引っ張って逃げた。
そしてそれ以降の記憶があまり残っていない。
気がついたタイミングで、まるで人が変わったかのように両親の態度が変わったことくらいしか覚えていないのだ。
「当時の護衛も実は公爵邸への反逆者のような者でね。私が火災の中へ入っていったことをおそらく喜んでいたのかと思います。魔力も底を尽きて残った煙で死ぬ覚悟でしたよ」
「どうやって逃げたのですか?」
「レイナが戻ってきてくれたのですよ。そして動けなくなっていた私を担いで助けてくれたのですよ」
「申し訳ございません。本当に覚えていなくて……」
「夢中だったのでしょう。恐怖にも負けず、レイナの持っている優しさだけが先行して身体が動いたのでしょうね」
驚かされるばかりである。
私は他人事のように、それからどうなったのかを聞いてしまっていた。
「あの日以来、私はレイナのことを好きで好きでたまらなかった。しかし、ファルアーヌ子爵がこの頃からなにかがあると目をつけていたのです。とても縁談を申し出ることができませんでした。あらゆる手を使い縁談にもっていこうとしましたよ。ようやく縁談ができたかと思ったら、騙されてしまいアルミアさんとの縁談に変わってしまった……」
「私も同じく、お父様の話を間に受けてジュライト様に嫌われていたのかとばかり……」
「悔しかったですね……子爵の陰謀だったようですが。当然結納金なども出していませんよ」
あ、結納金に関しては確認することを忘れてた。
「法的にも結納金を支払わなければならないといったルールはありません。あくまでも強いて言えばアルミアさんが起こした損害費用として相殺……ですかね」
「ということは、ファルアーヌ家にお金が……」
「私も疑問でしたよ。アルミアさんが身につけていたドレス……。とても今の子爵位で購入できるような代物ではありませんでしたから」
聞いておきながらではあるが、ファルアーヌ家の財産事情はすでにどうでも良くなっていた。
それよりも、ジュライト様がずっと昔から私のことを想ってくれていた件が、頭から離れなかった。
「金銭的にもファルアーヌ家はもう修復不可能でしょう……。本当に良いタイミングで絶縁宣言をされ法的に親子関係が切られたと思っています」
「お父様から申し出たことなんですよね……」
「それでもレイナは自ら威厳を守った……。夜会の社交ダンスでそれが証明されて良かったですね」
「スパルタで教えてくれたココに感謝しています。そしてジュライト様にも」
「いえいえ、彼女の地獄のような特訓に頑張ってついていったレイナも素晴らしいかと」
ジュライト様は、過去にココから社交ダンスを学んだそうだ。
人が別人のようになるココに対して食らいついていくのがやっとだったとか。
「貴族界隈からも変な目で見られることも減ったでしょう。ですが、まだまだこれから色々な課題と戦っていかなければならなくなるかと思います」
「私はジュライト様と一緒にいられるのならば、なんだってします」
「それ、私のセリフですよ」
ジュライト様がクスクスと笑う。
「マリアとベットムのお二人が婚約された件でも、良く見ていない貴族が多かった。私とレイナの婚約でもそれはまだ多いかと思います。負けずと幸せな生活を送りましょう」
「はい……!」
ジュライト様との結婚は、グレス公爵が遠乗りから帰られて挨拶をしてからになる。
それまでに、ジュライト様のことをもっと知っていかないと。
今のままでは、ジュライト様からの愛が重たすぎて私が遅れている気がしてしまう。
私がジュライト様になにもできていない。
「レイナ……」
「はい?」
「愛しているよ」
治癒魔法で私の心臓を回復させなければならないほど、私にとって重たく嬉しい言葉だった。
読んでくださりありがとうございます。
ひとまずこれにてキリが良い場所なので完結です。
しばらくは新作ラッシュが続くかと思いますが、またぜひ読んでいただけることを願ってこの辺で失礼します。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。




