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ついに社交ダンスの時間がやってきた。
応急主催の夜会にはルールがあるらしい。
まず最初に夫婦、婚約者同士のダンスが披露される。
そしてその次に未婚の人たちで披露されるそう。
この夜会で新たな縁談などを作るのが目的だそうだ。
アルミアのことはさておき、私とジュライト様とのダンスがしっかりできるか、ドキドキワクワクしている。
なにしろ実際に二人で踊るのが初めてなのだから。
「大丈夫ですからね」
ジュライト様が優しく声をかけてくれ、肩にそっと手を添えてきた。
「ココとレッスンしていたのでしょう?」
「え、どうして知っているのですか? ジュライト様には内緒にしていない時を狙って特訓していましたのに」
「はははっ。レイナを見ていればわかります。ほんの少しだけ背筋が真っ直ぐピシッとなりました。私が帰る前に必ずお風呂へ入るようになった。なにかしら汗をかくような行動をして運動をしていたのかなと。それに、この時期にココが心配しないはずがありませんし。とある方の社交ダンス練習で気にしていましたので……」
ココに特訓を受けたのに、しっかりと踊れなかったら教えてくれた彼女に申し訳がないと思っていた。だから秘密にしていたのだが……。
「レイナは優しいですからね。ココの評価を気にしていたのでしょう?」
「どうしてわかるのです……?」
「レイナの考えそうなことは大体わかるようになってきましたよ。それだけ観ていますから」
心拍数がグイッと急上昇した。
ただでさえドキドキしている状態なのに。
「あのココからの特訓をしたのですから、大丈夫ですよ」
「信頼に応えられるよう、頑張ります」
「いえ、頑張らなくて良いのですよ」
「え?」
意外なことを言われてしまい、ジュライト様の顔に目を向けた。
いつもの笑顔が、私の緊張をゆっくりとほぐしてくれる。
「レイナと踊れるだけで私は幸せ者です。どうか周りの評価などは気にせず、楽しんでいただきたい」
「これ以上公爵邸の汚名を被せるわけにはいきませんよ」
「はははっ。私はどんなことがあってもレイナと共にいるつもりですから。どんなに評価が落ちようと、批判されようと、あなたをお守りします」
「優しすぎます……」
「失敗やミスは気にせず、レイナはこの時間を楽しんで。一緒に楽しい想い出を作っていきましょう!」
「は、はい!」
ジュライト様の甘く優しいアドバイスのおかげで、変なプレッシャーはなくなっていた。
ジュライト様と一緒に踊っている時間を大事に、楽しんでいこう。
そう心に誓ってお披露目をした。
♢♢♢
なんて幸せな時間だっただろうか。
ジュライト様がサポートしてくれた。
私のぎこちなさが残る動きにも対応して合わせてくれた。
軽々と私を持ち上げてくれた時は、まるで無重力を体験しているかのようだったし、安心してジュライト様に預けることもできた。
楽しかった。
社交ダンスがこんなに楽しめるイベントだったことを初めて知れた。
「ありがとうございます!」
「いえいえ、お礼を言うのは私の方です。踊れたこと自体嬉しかったですが、こんなに可憐に綺麗に踊れるだなんて想像以上ですよ」
「ジュライト様のサポートがあったからこそですよ」
「いえいえ、私はレイナの魅力をより引き出すことしかしていませんから」
お世辞を言うような方ではない。
その証拠に拍手拍手拍手の嵐だった。
それは同じ時間に踊っていた全員へ向けてのものだと思っていたが、あながちそうでもなさそうだ。
「レイナ様は例のことだけでなく、社交ダンスも素晴らしいお方だったのですね! ますますお慕いしていきたいです!」
隣で踊っていたマリア様がやたらと褒めてくれた。
帰ったらココにお礼を言いたい。
楽しい時間を過ごせたのもココが教えてくれたおかげだ。
そしてパートナーのジュライト様にも!
ふとアルミアのことが心配になり、彼女の顔を確認する。アルミアは私のことをギロっと睨んでいたまま、なにか悔しそうな表情を浮かべていたのだった。
♢♢♢
「アルミアと手をとっているのは誰ですか?」
私はまだ貴族関連の人たちを把握できていない。
これは本来ならば失礼にあたるため、なるべくジュライト様に確認をして教えてもらうようにしている。
ジュライト様が私の耳元でそっと囁いた。
「彼は、叔父様が目をつけている危険な貴族の第一令息ですね。まもなく貴族位も失うはずなので覚える必要はありません」
「え? そのような方も夜会に参加しているのですか?」
「実はこの夜会、悪徳貴族を締め上げるためのものでもあるのですよ。もちろんこの場ではなにもお咎めはありませんが、重要な証拠を掴むための罠でもあるのです」
「そうだったのですね……」
「ファルアーヌ子爵も対象だったはず。しかし、アルミアさんしか姿が見えませんね」
元お父様は、アルミアに対してだけは甘々で抜けていたものの、頭がとても良かった。
もしかしたらこの夜会も、なにかに気がついていたのかもしれない。
あぁ、社交ダンスが始まってしまう。
ニコニコな表情でアルミアは男性の手をとっている。
まるでアルミアがリードして引っ張っているかのよう。
「ふっふふふ~、わたくしの動きにしっかりついてきてくださいませ」
「あぁ、わかったよ」
かろうじて二人の会話が聞こえてきた。
音楽に合わせて動きはじめる。
いや、歌い始めたである。
「えい、えいやーこらーさっ! えい、えいやーこらーさっ!」
ココに教えてもらうまで、私はアルミアの踊りをまんまやっていた。
今思えばどうして気がつかなかったのだろう。
夜会という秩序しかないような場所で大声で叫びながら踊るのはおかしいことを。
周りはクスクスと笑っているが、私は笑わなかった。
むしろ早く終わってほしいと思ってしまう。
ところが、どういうわけかアルミアのパートナーも似たような動きで合わせてきたのだ。
「えい、えいやーこらーさっ! えい、えいやーこらーさっ!」
「えい、えいやーこらーさっ! えい、えいやーこらーさっ!」
貴族は厳しい。
たとえ息が奇跡的に合っていたとしても、社交ダンスとしてはまるで別の踊りを認めようとはしていなかったようだ。
長く感じた一曲がようやく終了し、アルミアは満足そうだった。
「どうでしたか? わたくしの完璧な動きに」
「クソだった」
「え……?」
「なんだあの掛け声は。動きも固いしガキの遊戯じゃねーか」
「な……あなただってしっかりとついてきたでしょう」
「ダンスはパートナーに合わせねーと成立しねぇ。アルミアが合わせろと自意識過剰だから合わせねーともっと悲惨なことになってたんだ。そんなこともわかんねーのかバカ令嬢が」
「う……」
アルミアがその場で泣き崩れる。
ここまでど直球で怒られたことなどなかったはず。
よっぽど悔しかったのだろう。
誰も声をかけることはできず、アルミアは逃げるように王宮から去った。
なお、その後仕切り直しで男性は別の女性と踊っていたが、とてつもなく上手だった。
彼の両親はなにか問題があるかもしれない。だが、彼自身は先ほどの怒声が嘘かのように礼儀正しく、むしろ王族からの評価は高かった。




