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34 アルミア視点

「ふっふっふ〜ん」

「おかえりアルミア。その顔だと、しっかりと治癒してもらえたようだな」

「えぇ。魔法をかけてもらった瞬間、わたくしの身体がポンって光って元気になりましたの」


 これでわたくしの、本来の性格の良さが元どおりになりましたわ。

 どんなお方とだって縁談はできるでしょう。

 もちろん、お金持ちのお相手を希望しますが。


「ちょうど良かった。縁談の話が進んでおる。相手は平民だが金回りは非常に良い富豪の家だ。目的はわかるな?」


 つまり、わたくしが幸せになってねというお父様の優しさということでしょう。

 もちろん話を前向きに進めてもらいたいものです。


「はい。結納金もしっかりとお願いしておきますわね」

「先方は富豪だから言わずとも大金を用意してくるとは思うが、その雰囲気がなかったらよろしく頼む。しっかりと回収するのだぞ」

「はいっ!」


 どんなおかたなのか楽しみですわ。



 ♢♢♢



 あっという間に縁談の日がやってきました。

 わたくしは以前買い込んだ指輪やアクセサリーをたくさん身につけて家を出ます。


 平民とは言っても富豪のお方。

 貴族街のすぐ近くの高級住宅が並んでいる一角に住んでいるそうで、ますます期待がもてそうです。


「こちらになりますね」

「はいはい」


 馬車を降りて、まずは品定め。


 文句なしで素晴らしいですわ。

 ファルアーヌ子爵家よりも敷地は広そうで、庭も十分です。

 ここに住みたいと一瞬で思ってしまうほどのクオリティですわね。

 あとは肝心の縁談相手がまともであれば良いのですが……。


「アルミア=ファルアーヌ様でしょうか?」

「そ、そうですわ。あなたがわたくしの縁談相手ですの?」

「はい、お待ちしておりました。ルージと申します」


 うんうん、良い感じですね。

 身嗜みもピシッとしていますし、なによりわたくしの好みです。


「どうぞお入りください」

「お邪魔しますわ」


 ファルアーヌ家と同じく、応接室もしっかりとある大豪邸ですね。

 見たこともない絵がズラリと飾ってありますし、奥に見えたのはとても大きなキッチンが。

 きっと多くの料理人がいるのでしょう。

 ますます玉の輿満載な雰囲気です。


「どうぞおかけください。飲み物はコーヒー、紅茶、ミルクとご用意できますが」


 おっときました。

 前回は初めてのことだったので大失敗しましたが、今回はそうはいきません。

 わたくしだって鍛錬はしてきたのですから!


「エスプレッソあります?」

「え……? ご、ございます。すぐ用意してもらいますね」


 ちょっと驚いていたようです。使用人のような年配の女性に頼んでいるところを見ると、やはりお金は持っていそうですね。


「アルミアさんとお呼びしてもよろしいでしょうか? それとも、ファルアーヌ子爵令嬢の方が」

「アルミアと呼んでくださいませ。わたくしも、ルージさんと呼んでよろしいですか?」

「もちろんです。どうぞよろしくお願いしますね」


 よしっ!

 驚くほどスムーズに進んでいますし、好印象を持ってくれていそうですね。


 やはり治癒魔法でわたくしの闇がなくなったのですわ。

 これならば多少のおねだりをしても問題なさそうですね。


 わたくしの前にはエスプレッソが、ルージさんの前にはミルクが用意されていました。

 ふっふっふ……思ったよりもお子ちゃまですわね。

 

 さっそく大人だよとアピールしましょう。


 うぅ……エスプレッソは相変わらず苦そうな香りですわ……!

 でも、我慢ですわよ我慢! わたくしはやれば出来る子なのですから!

 わたくしをもっともっと高貴で大人なレディーだとアピールしなければ。


 エスプレッソを口に放り込みました。


「ぐふぇっぷ」


 あ!

 あまりの苦さの上、一気飲みでゲップが出てしまいましたわ……。

 しかし、ルージさんは心配そうにしてくれています。


「お水も用意しましょうか?」

「いえ、平気ですわ。それよりも、エスプレッソをください」

「え……? 苦しそうに見えますが……」

「な、なにを言っているのです? 高貴で大人なわたくしがエスプレッソごときを飲めないとでも?

「は……はぁ。承知しました」


 頑張るのですわたくし!

 縁談をうまく進めるために我慢ですわよ。

 エスプレッソが大好きな女だと思わせられれば、わたくしの好感度も上がるはずです!

 あと二杯ならなんとかなるでしょう……。


 とはいえ、ペース配分をしなければ吐きそうですわ。

 ひとまず会話を優先しましょう。


「ご趣味はなんですの?」

「社交ダンスを少々嗜んでます」

「あらまぁ……」


 これはラッキーです。わたくしの大得意分野が好きだなんて運命ですね。


「父が異国から珍しい食材を仕入れる商人なので、夜会に招待されることもありまして。本当に嗜む程度です」

「では、わたくしが教えて差し上げますわ」

「おぉ、それは是非とも」


 すでにルージさんのことが大好きになりました。

 この人とならば一生一緒に添い遂げられます。

 趣味も合う、親は商人だからお金持ち、態度も良い、これ以上の男はいませんわ。


「もしよろしければ、奥に多目的ホールがありますので、一緒に踊っていただけませんか?」

「もちろんですわ!」


 社交ダンスでルージさんの心を射止めて見せましょう。



 ♢♢♢



「えい、えいやーこらーさっ! えい、えいやーこらーさっ!」

「なっ……!?」


 ふふふふ〜。ルージさんったら驚いているようですね。

 しかし、ルージさんの動きが止まってしまいました。


「今のは……?」

「リズムをとっているのですよ」

「そ、そうですか。ずいぶんと独創的な表現ですね」


 また褒められました。

『どくそうてき』という意味はわかりませんが、言葉の響き的にとても褒めてくれているに違いありません。


 さあ再開しましょうか。


「えい、えいやーこらーさっ! えい、えいやーこらーさっ! ソーレソレソレ〜♪」

「…………」


 ルージさんは無言のまま踊り続けています。

 リズムがわたくしとうまく合いません。

 ルージさんもリズムをとるために声を出してもらいたいですね。


「ひとつ……おうかがいしてもよろしいですか?」

「はい、どうぞ」

「この社交ダンスを人様に披露したことはございますか?」

「もちろんありますわよ〜。小さな規模の夜会で男爵や子爵しか集まらないようなパーティーですが」


 賑わっていましたね。

 わたくしが踊るとみんな笑顔になってくれます。

 その時も独創的だとか、他にはないなどと褒めてくれました。


「ちょっと本日の社交ダンスはここまででよろしいでしょうか……?」

「え? 構いませんわよ」


 調子が悪そうでしたものね。

 夜会の本番でなくて良かったと思います。

 社交ダンスの実力だけで、社会的評価されてしまうくらい重要ですから。



 ♢♢♢



 ダンスも終えて最初の部屋に戻りました。

 どことなくルージさんの表情が落ち込んでいるように見えます。


 残してしまったエスプレッソ、取り替えてもらいましょうかね。


「あの、ルージさん。エスプレッソ入れ直していただけますか?」

「はい……承知しました」

「もし可能であれば、おやつにタコさんウインナーも食べたいですわ」

「それはちょっと……」


 まぁ仕方ありませんね。

 でも今回食べたいことを宣言したのですから、次回の時はタコさんウインナーも用意してくれますわよね。

 楽しみにしておきましょう。


「お待たせしました。どうぞ」


 使用人がエスプレッソをテーブルに置きました。

 ちょっと置き方がなっていませんね。注意しましょう。


「あのですね、音を鳴らさないように置くことはできませんの?」

「は、はい?」

「置くときに音を鳴らすだなんて、ルージさんの顔に泥を塗ってしまうのですよ?」


 しっかりと教えて差し上げました。

 すると、なぜかルージさんの表情が険しくなりました。


「申し訳ありませんが、本日のところは……いえ、永久にお引き取りください」

「はい?」

「私の母です。使用人ではありませんよ」

「ほへ?」

「なぜ高圧的な態度をとるのか。使用人だと思っていたからなのですか?」

「それは……」

「社交ダンスが少々……だとしても、アルミア様のお人柄が良ければ縁談は進めたいと思っていました。しかし、母のことを悪く……いえ、使用人が相手になると高圧的になるようなお方とは縁談は不可能です」


 なぜかわたくしが悪者みたいになっています。


「わたくしは当たり前のことを言っただけですよ」

「雇っている人間に対し態度を変えるようなお方とは一緒に暮らせませんよ」


 なんということでしょう!

 せっかくルージ様のためを思って言ったというのに。

 良い人だと思っていたのに……、将来添い遂げられると思っていたのに……。

 一気に冷めましたわ。


「もう結構です! わたくしはあなたのことを考えて一生懸命していたつもりだったのに酷すぎです! もう帰ります!」


 馬車の中でイライラしながら、お父様に対しても苛立ってきました。

 とんでもない相手を縁談候補にするのですから……。

 どうしてわたくしの縁談相手はどうしようもない人ばかりなのでしょうか。


 やっぱりレレレ先生の治癒魔法はインチキだったのでしょうね。

 あの治癒魔法がインチキでペテン師だということを広めなくてはいけません。

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