33
治癒施設で最後の患者さんを待っているのだが、一向に姿を見せない。
来る途中で事故にでもあってしまったのか、もしくはここに来ることができないほど緊急性の高い病なのか。
とにかく心配だ。
「患者さんの住んでいるところまでは書いてもらっていないのですよね?」
「えぇ。今までは重症な方は付き添い人が運んだり、担架を使ったりしていましたから……」
「ただの遅刻であれば良いのですが……」
とにかく心配だ。
時間も遅くなってきてしまって、来るのかこないのかわからない状態で時間だけが過ぎていく。
「そろそろ日も暮れるので閉めましょうか?」
「あともうちょっとだけ待っていただけませんか? もしかしたら大変でも頑張って歩いている……などだったらその方に申し訳なさすぎますし……」
「構いませんよ。いつでも誰にでも優しいですね」
ここで甘い言葉はやめてください。あくまで治癒魔法のレレレなのだから。
普段のぐしゃぐしゃになった顔を他所様に見せるわけにはいかない。
さらに待っていると、部屋の外から音が聞こえてきた。
ようやく来てくれたんだ。
頑張って来てくれたんだ。
よし、しっかりと魔法をかけよう。
張り切っていたのだが……。
「ちょっとだけ遅れちゃって、すみませんですわ。でも誰も起こしてくれなかった両親がいけませんの!」
久しぶりのアルミアだった。
最後に会ったときよりもワガママ度合いが悪化しているような気がした。
まさかこんなに悪気もなく明るく元気に入ってくるなんて思わなかった。
ゆえに私もジュライト様も絶句状態だ。
アルミアは、目の前の椅子に腰掛けた。
大抵の患者さんは、私が「どうぞ」と言ってから座る者がほとんどだったのだが……。
「ねぇレレレ先生。さっさとわたくしの病気も治してくださいません?」
「は……はい。症状を教えてもらえますか?」
治癒魔法をかけてしまえば、大抵のものは一発で治る。
だが、アルミアがどんな病気になってしまったのかが気になるため、あえて質問した。
「わたくし、心の病気なんです」
「はい?」
アルミアが予想外の発言をしてきたため、私は聞き返してしまった。
「ええと、周りの人たちがあまりにも低能すぎて、それでわたくしの脳がストレスだらけなんですよね」
「はい!?」
「それで周りの人たちの低レベルな発想や発言も許容できるようにしなきゃいけないと思いましたの」
もはや絶句。ジュライト様の表情を伺ってみたが、隠す素振りもなく苦笑いだ。
「今まではレイナお姉様というお方がそばにいたから、うまくいっていました。ですが、頭の悪いどうしようもない人間と婚約してしまって、いなくなってしまったのです……。それでわたくしの脳の免疫が低下したのかと思いますわ……」
「……く……」
歯を噛みしめながら怒りを堪えた。
私のことをどうこう言うのならいつものことだから構わない。
しかし、ジュライト様のことをバカにするのはどうしても許せなかった。
ジュライト様も引き続き苦笑いが続いていた。
あぁ、もう相手にすらしていないんだな……。
「レレレ先生がすっごい人だと聞いて、わざわざ時間を割いて来たんですの。しっかりと治して欲しいですわ」
「えぇ……、はっきりと申し上げてよろしいでしょうか?」
「はいっ!!」
「私の治癒魔法では治せません」
「はぁあっ!?」
アルミアがものすごい怒った表情になって私を睨み付けてきた。
一緒にいたときはいつものことだったため、軽く流してマイペースに話す。
「おそらくですが……病気でもなんでもないかと思いますよ」
「は!?」
「ですから、正常なお方に治癒魔法をかけても全く無意味と言いますか……」
アルミアに正当な会話が通用するとは思っていなかった。
予想通り、不機嫌になりながらアルミアは……。
「良いからかけてください。病気なんで!」
「はい。承知しました。そのかわり文句は言わないでくださいね」
『治癒したまえ、ヒール』
予想通り、一瞬光ってすぐに消えた。
これは健康そのものでどこも治癒するところがないときに起こる現象だ。
「ふっふっふ~。わたくし、病気が治りましたわ~」
「あ、えぇとですね――」
「良いのですよ、先生はわたくしの成長に嫉妬して変化がないって言っているのでしょう? でも、わたくし見ましたわよ? 一瞬光っていたのを。これって魔法でしょう?」
「そうですが……」
「じゃ、さっそく生まれ変わったアルミア=ファルアーヌとして元気に振る舞いますわよ~! それではごきげんよう!」
お礼も言われることもなく、アルミアは帰ってしまった。
どっと疲れた。
今まで慣れていたから気にならなかっただけなのかもしれない。
だが、今は公爵邸で幸せに囲まれた日々を送っている。
アルミアの態度と傲慢さに耐えられるほどの器がなくなってしまっていた。
「お疲れ様でした……」
「本当に疲れました……。アルミア、大丈夫かな……」
今後のアルミアが心配だ。
この調子では幸せに生活できるとは思えない。
「はは……まぁ一歩譲って思い込みで乗り越えてしまうこともありますからね。前向きに明るくなった、そういう治癒をして差し上げたと認識されてはどうかと……」
「無理やり感満載ですね」
「ははは。否定はできませんね」
外はすっかり真っ暗。
公爵邸に帰って、おいしいごはんとあたたかいお風呂と優しい人たちに囲まれていることが、絶大な癒しだった。




