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治癒施設での対応も、だいぶ慣れてきた。
最初こそ重症患者さんが多かったが、最近では軽症の治癒が多い。
ここ最近、毛根を生き返らせてほしい、巨乳にしてほしいといった、個人的無目的の理由で依頼してくる人も増えているらしい。
だが、このような動機は応募の時点で王宮の人たちがお断りしているそうだ。平和になってきたのだろう。
今日も大勢の人たちが訪れている。次が最後の患者さんだ。
「では、次の方どうぞー」
「失礼します。……はっ!!」
「どうしましたか?」
彼女はレレレに変装している私を見てきた瞬間、極端に緊張しているような反応だ。
私と同い年くらいの女性で、綺麗に整った赤髪にピンク色の瞳がとても印象的だった。
着ている服装も高貴な雰囲気だし、どこかの貴族のお嬢様かもしれない。
「は、ひぃいいっ! お……お願いします!」
「どこを治しますか?」
「え……えぇと……その……」
どことなく怯えているようで、喋れるような状態ではなさそうだ。
「大丈夫ですからね。ちょっと失礼しますね」
「ふ、触れてしまうのですかっ!?」
「手を近づけるだけですよ。よろしいですか?」
「は、はいっ……!」
ものすごい緊張の仕方だ。
喋れない患者さんの治癒をするときにやっている方法で魔法を発動した。
『治癒したまえ、ヒール』
詠唱方法は同じだけれど、身体全体に治癒できるよう意識する。
すると、大抵の病気や怪我は治せた。
毎回患者さんの容態を聞くのは、より効果的に治癒魔法が行き届くようにするため。
「す……すばらしいです。痛んでいた肩が治りました……!」
「良かったですね」
治った今も、彼女はものすごく恐がっていた。
今の私の見た目が苦手なのかもしれないと思い、ジュライト様ことジュジュに対応をお願いしようかなと顔を向けた。
しかし、ジュライト様は手を顔にあてながら呆れているような表情をしていた。
こんな顔をするジュライト様を見たことがない。
まるで彼女のことを知っているかのように見えた。
「あ、あのっ……! レレレ先生にもうひとつ治してほしいことがあ、あります」
「どのような症状でしょうか?」
無差別に治癒したから、もしかしたらまだ治せなかった箇所があったのかもしれない。
一度だけという決まりは設けていないし、時間が残っていれば何度だって魔法を発動させるつもり。
「じ、実は私……男性が、と、とても苦手でして……」
これは困った。
治癒魔法で感情のコントロールまで治せるかどうか……。
「少々お待ちくださいね」
ジュライト様と一緒に彼女から少し離れ、聞こえない程度の声で確認する。
「私が女性であり、変装していることをことを話してもよろしいでしょうか?」
「それは構いません。むしろ彼女の性格も変えられるなら願ったり叶ったりです」
「彼女のことを知っているのですか?」
「え、ええ。まぁ……そうですね」
ならばなおのこと、彼女の望みを叶えたい。
ひとまず戻り、彼女が安心して話せるようにしなければ。
「騙していて申し訳ありません。実は私、正体がバレないようにするため変装魔法をかけてもらっていて、本当は女なんですよ」
「そ、そうなのですか……?」
いくらジュライト様の知り合いとはいえ、変装を解くわけにはいかない。
変装魔法は見た目を変えるだけで、その他の変化はない。仮に胸を触られたら、膨らみで違和感に気がつくだろう。
どうやって信じてもらおうかと考えていると……。
「レレレ様……、少々失礼しますね」
なぜか彼女はボソリとなにかを呟いたあと、私のことをジッと見つめてきた。
直後に一瞬驚いたような表情をして、チラリとジュライト様に目を向けた彼女。
そのあとは先ほどの恐怖している雰囲気はなく、だいぶ落ち着いてくれた。
「申し訳ありません。私、特定の方以外の男性とは上手く話せなくて……」
「それはそれは……。治癒魔法をもう一度発動してみましょう。ただ、初めての試みなので治せるか保証はできません」
「そうですか……」
とにかく試してみよう。
感情ならばおそらく脳。手を彼女の頭に近づけ、再び治癒魔法を発動させた。
『治癒したまえ、ヒール』
魔法の光はあったものの、いつもの包まれるような輝きはなくすぐ消えてしまった。
「申し訳ございません。やはり感情や心情を治癒することはできないようです」
「そうですか……。貴重な魔法を使わせてしまい申し訳ありません」
「それはお気になさらず」
むしろできない治癒もあるのだと勉強になった。
もちろん言葉は伏せるが、経験させてもらえたことには感謝したい。
だからこそ、彼女の苦手なことを克服できるよう、個人的に協力できればなと思った。
だが、彼女と会える機会があるかどうかは分からない。
「レレレ様になにかお礼をしたいのですが」
「いえいえ、この治癒施設は基本無料でやっています。全員平等に治癒していますから」
今までも多くの患者さんからお礼をしたいと言われてきたが、全て断ってきた。
「そのお気持ちだけで嬉しいですよ。怪我が治って良かった、それだけで良いのです。私自身も、皆さんの笑顔を見られて嬉しいですから」
「レレレ様は神様のようです。どこかでお会いすることがあれば、必ずレレレ様に改めて何度でもお礼を述べます!」
「ありがとうございます」
彼女の誠意を聞けて、それだけで嬉しかった。
ジュライト様が彼女のことを知っているようだし、本当にどこかで会うことがあるかもしれない。
その時は、レレレではなくレイナとして仲良くなれたら良いな。
ただし、患者さんの個人情報は聞き出したくないため、あえてジュライト様には彼女のことをこれ以上は聞かない。
今日も良い出逢いと笑顔がたくさん見れて嬉しく楽しい一日だった。