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「そろそろお腹が空いてきましたか?」
「そうですね。お腹が空きました」
半分嘘をついた。
まだお腹が空いていないと言ってしまったら、今度はどこへ連れていかれるのかわからず、さらに大金を使わせてしまうかもしれないと思ったからだ。
しかし、ジュライト様はお見通しのよう。
「夫婦に隠し事やごまかしはいけませんよ」
「も、申し訳ございません! でも、どうしてわかったのですか?」
「レイナの顔を見ていればわかりますよ」
これではさらにお金を使わせてしまうことになりそうだ。
それだけは避けたいと思っているのに。
ジュライト様はふふっと笑みを浮かべた。
「レイナが謙虚なところも好きですよ。そうですね。これ以上は心配させても申し訳ないですし、少し散歩でもしましょうか」
「はいっ!」
どこまでも優しく、私の気持ちも尊重してくれるジュライト様。
私のワガママを聞いてくれて、とても嬉しい。
「ではお手を」
「んなっ!?」
私の右手はジュライト様の左手によって自由を奪われた。
とても温かみがあって力強そうな左手。
手を繋いで歩くだなんて恥ずかしすぎて気絶してしまいそう。
「外は危険ですからね。手を離してはいけませんよ」
「大丈夫です。なにかあったら私が命に変えてでもジュライト様をお守りします」
「ははは、私がレイナを守る立場ですからね?」
ジュライト様は公爵令息だから、顔も広いことだろう。
なにかと危険なことがあるかもしれない。
そうなったら、私が盾になって、その間に逃げてもらうつもりだ。
私ならきっと大丈夫。
治癒魔法があるのだから。
多少の覚悟はしていたが、平和に散歩が続いた。
すっかりお腹も空いてきたころには、食事をする店の前。
「こちらです」
店を見てみると、なるほどこれは穴場かもしれないと思えるような造りだ。
どちらかというと、高年齢層の方々がまったりとランチやディナーを楽しむお店なのかなと思った。
失礼ながら、ドレスや指輪の店の後だからか、安心してしまう。
店内に入ると、私と同い年かちょっと下くらいの男性が一人、厨房に立っていた。
「これはこれはジュライト様! お待ちしておりました」
「久しぶりですねベットムさん。私の婚約者を連れてきました」
「ご紹介ありがとうございます! ご挨拶が遅れました。僕はベットム男爵が三男、ベラード=ベットムと申します」
「お初にお目にかかります。レイナ=ファルアーヌと申します」
お父様の名前を言うことに抵抗があるため、簡易に自己紹介をしてしまう癖が出ている。
できることならば、関係性も終わりにできたらなと思ってしまうほどだ。
ところで、私が名前を名乗ったらベットムさんの表情が一瞬曇ったような気がした。
「アルミア様の御姉妹でしょうか……?」
「は、はい……」
これはマズい気がしてきた。
アルミアがここでもなにかやらかしているのではないかと疑ってしまう。
「レイナは心配するようなお方ではありません。ご安心を」
「申し訳ありません。つい彼女と照らし合わせるような真似を……」
「いえいえ、気にしないでください」
「本日は貸切ですから、お二人ともどうぞごゆっくりおくつろぎください」
貸切と聞いて、ジュライト様の表情を伺ってしまった。
「気にしなくて良いのですよ。私個人としましても、ゆっくりとできる空間を希望していましたから。まさにベットムの店はうってつけなのです。料理も大変おいしいですし」
「ジュライト様がお越しくださる時は、事前に貸切にしているんですよ。そうしないと、店内が騒ぎになってしまうかもしれませんので」
ベットムさんもそう言うため、納得するしかない。
「いつものコースでよろしいのですか?」
「それでお願いします。レイナには是非、この店の特別な料理を食べてもらいたくて連れてきたので」
「では、しばらくお待ちくださいませ」
特別な料理とはなんだろう。
どのような料理が出てくるのか楽しみである。
しばらくすると、厨房からとても良い香りがしてくる。
「お待たせしました。お口に合えば幸いです」
「ベットムさんの作る『和食』という料理は、どれも普段口にできないような珍しいものばかりなんです。しかも、優しい味でとてもおいしいのですよ」
今まで食べたことがないようなものばかりが並んでいた。
どれもシンプルな作りで、それなのにとても良い香りがする。
さらに、『箸』というフォークやナイフとは違った道具を使って食べるそうだ。
物珍しさに興味がわく。
「いただきます」
箸の使い方が難しいものの、なんとか掴みそれを口に入れた。
あっさりとした味で、それなのに身体全体が癒されていくかのようなおいしさ。
脂身もほとんどなく、健康に非常に良さそうなイメージだ。
「大変おいしいです」
「良かったです。レイナならきっと喜ぶだろうと思っていました」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
とにかくおいしい。
箸の使い方に苦戦はしているものの、徐々に慣れてきてスムーズに食べることができるようになってきた。
「ごちそうさまでした。大満足です」
「それは良かったです」
「お褒めのお言葉、大変感謝します。実は、少しお店を休もうかと思っていたところでしたので、来てくださって感謝しています」
ベットムさんがそう言うと、真っ先にジュライト様が心配そうにしていた。
「なにかありました?」
「……いえいえ、少々店のことを言葉で傷つけられたことがありましたので。でも、こうしておいしく食べてくださる二人を見ていたら元気が戻ってきました。今日は本当にお越しくださり感謝です」
ジュライト様は良いタイミングでこの店へ連れてきてくれたのかもしれない。
私もホッとして、残りのお茶をゆっくりと飲んだ。
遠い東の国から仕入れた茶葉だそうで、渋みがありとてもおいしい。
「もしよろしければ、茶葉はおみやげで持って帰りますか?」
「良いのですか!? 異国の茶葉なんて、滅多に手に入らないでしょう!?」
「構いませんよ。幸い異国の方と繋がりがありまして、その方がこの国に来る際に届けてくださるので」
「ありがとうございます~!!」
ジュライト様の知り合いの方はみんな優しい。
ありがたく頂戴した。
ただ、貰いっぱなしは申し訳ないし、なにか恩返しがしたい。
治癒魔法は非公開だから、それ以外のことでなにかできないかなぁと、しばらく妄想していた。




