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再縁談初日ということで、今までのボロの服とは違い綺麗めな服装を用意された。
アルミアの服。とは言っても元々は私が着ていた服を奪われた。久しぶりに綺麗な服を着ることができて、私は満足だった。
用意された馬車に乗る。
「もう帰ってこなくても良い。というより荷造り以外の目的では帰ってくるな」
「荷造り? そう言われましても……ご報告などは?」
「奴らに手紙を見せればわかることだ。結納金だけ届けてくれれば、それで構わん」
「レイナお姉様、ワガママで短気な男だけれど頑張ってくださいませ。わたくしのためにも!」
お父様とアルミアが見送ってくれた。お父様は、十年以上私に向けてくれたことのないような、とてもニコニコとした笑みだ。
お母様はもう私との会話すら拒んでいるようで、見送ってはくれない。
複雑な気分で公爵邸へと向かった。
婚約を簡単に変更してしまったグレス様とグレス公爵。どうしてなのか疑問が残るため、失礼ながら本人に直接聞くつもりだ。
返答次第では、私は今度こそ王都から逃げようと思っている。
いつでも逃げられるように、毎日魔法の勉強ばかりしてきたのだから。
魔法が発動できるか、どの適性なのかは一か八かではあるが。
そんなことを考えている間に、馬車は王族の家が並ぶ王都中央エリアに突入し、あっという間に公爵邸に到着。
さすが馬車は徒歩と違い速いなと思う。
門番の警備兵たちに身分証を提示し、敷地内へと入った。
グレス様と一度だけお会いした場所は、ファルアーヌ家だ。
初めての公爵邸を眺め、見惚れていた。
「綺麗だなぁ……」
綺麗に整えられている花壇にいくつもの花が咲いている。
中央にある綺麗な噴水は、まるで客人を出迎えてくれているかのよう。
丁寧に整えられている芝生にごろんとしたら、さぞかし気持ち良い昼寝ができてしまいそうだ。
このような環境を見ていられると、とても落ち着く。
大きな屋敷の前で馬車を降りると……。
「お待ちしておりました、レイナ=ファルアーヌさん」
「大変ご無沙汰しておりますジュライト=グレス様。ご本人自ら出迎えてくださるなんて」
「当然のことでしょう。あなたと再び婚約できたと思えば当然のことです」
銀色の煌びやかな髪、水晶のように透き通ったかのようで優しそうな雰囲気を出している群青色の瞳。
グレス様は王族なのに物腰が低く、誰に対しても敬語を使っている。
前回お会いした時と同様、非の打ちどころがない誰にでも好かれそうな殿方といった印象である。
応接室へと案内され、座るよう言われたためふかふかな椅子へと腰掛けた。
座り心地がとても良い。あぁ、だめだ。これは常に気を張っていた心が壊されてしまいそう。
「ファルアーヌさんとお会いできること、心から感謝します。なお、父上は遠乗りに出てしまったばかりで顔を出せず申し訳ありません」
こればかりはタイミングが悪すぎた。
グレス公爵は王族としての役割の他にもう一つやっていることがあると聞いたことがある。
縁談の返事にもその旨が書かれていたそうで、その件に関しては私も教えてもらっていた。
「いえ。むしろ、変更ばかりの上、突然の押しかけになってしまい申し訳ございません!」
「婚約変更の件ですね。私も驚きましたよ」
グレス様は笑っているけれど、そんなことで済まされるような問題ではないはず。
私は頭を深く下げたのだが、すぐに戻すように言われてしまった。
「こうして戻ってこられたこと、大変嬉しく思います。今度は絶対に失望させないよう最善を尽くす所存です」
「今度は?」
「はい。言葉ではなく態度で示すつもりです」
今度は、失望とは、どういう意味なのかと考えてみた。
アルミアに失望してしまったから、私に対しての忠告?
いやいや、物腰の低いグレス様がそのようなことを言うはずがない。
ならばいったい……。
「これは父上からの伝言です。まだファルアーヌさんも心の準備ができていないでしょうから、一年間は仮の婚約という形でどうか? と、提案しています」
「仮……ですか?」
「再び婚約変更もしくは婚約解消となってしまえば両家にとってもデメリットが多いかという考えで……」
そうか、理解できた。
こちらの都合で婚約者を何度も変えているから、三度目の変更は困るという意味合いなのだろう。きっと信頼もないのだろうな。
こちらが悪いのだし、私からは深く聞かないでおこう。
今後の居場所があるだけでありがたいことなのだし。
「仮でも構いません。どうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとうございます。私もこの一年、一緒に過ごしていく中で……必ず!」
「はい? 一緒に過ごしていく……?」
「婚約変更の申し出の条件にも書かれていましたよ。婚約とはいえ一度離れた者同士だ、互いの信頼を深めるためにもレイナを住み込みでよろしく頼みたい……と」
なんという勝手なことを提案してくれたんだお父様は。
だが、グレス様の表情は真剣そのもの。住まわせてもらえるだなんて、私としては助かる。
ようやく家から離脱することができるのだから。
「これからよろしくお願いいたします!」
「良かった……」
とはいえ、これは仮の婚約。
ただでさえ信頼されていない状況なのだから、絶対に愛想尽かされないように気をつけて行動しよう。
毎日の掃除も徹底的に。もう日課になっているし、魔導書での勉強はしっかりやっておこうかな。
そういえば、もうファルアーヌ家にいないことになるのだから、もしかしたら……。
「あの、一つだけお願いしたいことがありまして……」
「なんでしょうか? 可能なことでしたらなんでも聞きますよ」
グレス様が嬉しそうに耳を傾けてくれる。
優しく話してくれることが、私にとって嬉しい。
「魔法の発動をどこかでしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん構いませんよ。私も魔法鍛錬はしていますし」
「あの……魔法を実際に使ったことがないので、事故がないように見張りが欲しくて……」
王都に住んでいる人間なら誰もが魔法訓練をする。今の発言は、魔法を全く勉強をしてこなかったと捉えられてもおかしくはない。
しかし、グレス様は顔色ひとつ変えずに微笑んだままだった。
「わかりました。それでは最初は庭で魔法を放つ練習をしましょうか。私がしっかりと見ますからご安心ください」
「確か、グレス様は国内での魔力が五本の指に入ると聞いたことがあります。そのようなお方に初心者の面倒を見ていただくだなんて……」
「はは、恐れ入ります。しかしファルアーヌさんは私の婚約者ですよ。なにを躊躇う必要があるのです?」
先ほどは仮の婚約者と言っていたが、婚約者と言われてしまった。きっと言い間違えたのだろう。
ただただ物腰が低く優しいグレス様の言葉や仕草に対して、私はとても安堵した。