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仮婚約三日目。
治癒施設ではたくさんの人に魔法をかけることになる。
そこで、まずは公爵邸で仕えている人たち全員に治癒魔法をかけてみることにした。
もちろんグレス様の許可は得ている。
まずは私の身の回りのお世話をしてくれているネネにかけてみた。
『治癒したまえ、ヒール』
「おぉ~わかります! 肩こりと腰痛がスッキリとした感じがします~。ありがとうございます~!」
「仕事無理しないで。いつでも魔法かけるからね」
「いえいえ~もう二十八歳ですからね~。そろそろ身体に無理が利かない年齢なんですよ~」
ちょっとビックリしたのは秘密だ。妹のココは二十歳と言っていたし、そんなに離れていないと思い込んでいた。
今日はココがお休みだから、あとで宿舎に行って魔法をかけてみよう。
と思っていたのだが、ココがものすごい勢いで部屋に飛び込んできた。
「噂は聞きましたよ! ぜひ奥様の魔法で治癒体験させてくださいっ! お姉様だけずるいですわ」
「ふっふ~、身体がすっごくスッキリ爽快したのよ~。さぁて、ひと仕事しましょうか」
ネネがベッドのシーツを取り換える作業を始める。
その横で、私はココにも治癒魔法をかけた。
『治癒したまえ、ヒール』
ネネにかけたときとは違い、ココのヒザに魔法の光が集まる。
ゆっくりと光が消えていくと、ココはいきなりスカートをめくって自分のヒザを確認した。綺麗でスラリと伸びた足が付け根付近まであらわになりっているが、つっこまないでおく。そしてココが満面の笑みを浮かべた。
「これが治癒魔法……。すごいですわ!」
「ヒザ、怪我していたの?」
「いえ、怪我ではないのですが……消えているんです! ヒザにあったとっても大きなホクロが!」
「ほへ?」
ホクロも治癒してしまうの?
いや、治癒というのかわからないけれど、私が驚いてしまった。
「ずっとコンプレックスで、休みの日に服を選ぶ時もヒザより下のスカートしか履けなかったんです。ありがとうございます!! とっても嬉しいですわ」
「良かったね」
「はいっ。さっそくお姉様のお下がりのスカートでお出かけしてきますわー。本当にありがとうございますっ!!」
こんなに喜んでもらえるなんて……。治癒魔法をかけること自体も嬉しいけれど、こうやって誰かの笑顔が見れることもクセになってしまいそうな気がした。
この調子で、公爵邸の人たち全員に治癒魔法をかけて回った。
♢
部屋へ戻ると、とある荷物がまとめられていてハッとした。
「奥様。実家からお持ちになった荷物ですが、どこに片付けましょうか?」
「あ……ありがとう。これは見られては困るものが多いので、私が片付けますね」
「そうでしたか。なにやら中身が見えないように厳重になっていたので、手はつけないようにしています。しかし、中から妙な臭いがするのですよ~……」
「す、すぐ片付けますね!!」
よほど大切なもので誰にも見られたくない物だと思われたのだろう。
空気を読むかのようにネネが部屋から退室していった。
念のために、部屋の鍵をかけて誰も入ってこれない状況にしておいた。
そしておそるおそるお父様が荷造りしたカバンをひとつづつ開けていく。
「うわぁ……」
臭いの原因はこれか。見覚えがある。
十年前くらいにお母様が香りが気に食わないと言って捨てていた香水だ。
しかも、その香水の中に生ゴミが入れられていた。
これはひどい。
香水だから、まだ使えそうな物なのに……。
香水がとても可愛そうに見えたため、私は両手を香水に向けた。
『治癒したまえ、ヒール』
せめて私の気持ちだけでも香水に伝えてから処理したい。
そう思って魔法をかけたのだが、香水が光につつまれていき、強烈な悪臭だったものが良い香りに変化していった。
「え……?」
香水の中身は変わらなかったものの、生ゴミが消え、しっかりと使えそうな物に蘇った。
治癒魔法って人相手じゃなくても良いのかもしれない。
他にも試してみたくなって、お父様の用意してくれた荷物を漁っていく。
カビが生えている上に穴空きだらけのドレス。
アルミアが飲み物をひっかけてしまいダメになってしまった絵画。
アルミアが雑に使ってダメにしてしまった小物類。
他にもこのままじゃ捨てるしかないようなものばかりである。
手当たり次第に治癒魔法を発動してみた。
『治癒したまえ、ヒール』
カビが消え、穴も修復されて綺麗になったドレス。
シミが消え元どおりになった絵画。
小物類も新品同様になっていて、使えるようになっている。
「ありがとうございます、お父様」
お父様が用意してくれた荷物全てに治癒魔法を発動した。
全てが使える物に変わってくれて、捨てる必要のない物へと変わったのだ。
ここで私は、自分のカバンに詰めた大事にしていたワンピースを思い出す。
『治癒したまえ、ヒール!!』
もしかしたら……もしかしたら!」
ワンピースに光が包まれ、ひどく汚れたシミが消えていく……。シワくしゃだったものもピシッと直っている。
私がアルミアに貸したときと同じような状態に戻り、着られる状態になった。
「良かった……本当に良かったよ……」
ワンピースを大事に抱きながら、ベッドの中へ潜り込んだ。