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2028年、ひとりぼっちの秋①


 十月になった。雨の日は随分と減り、からっとした日が増えてきた。


 午前の授業の終了を告げるチャイムが鳴る。チャイムの音と同時にクラス中の集中がぷつっと分かりやすく切れた。

 先生はキリのいいところまで進めたいのか、まだぺらぺらと講義を続けているが、生徒たちはさっさと机の上に広げていた教科書やノートを片付けて、待ちに待ったお弁当を食べる準備を進めていた。


 かくいう私もノートを閉じ、窓の外を見つめた。青色ジャージを来た生徒たちが体育の授業から校舎の方へ帰ってくる姿が見える。

 青色ジャージは三年生のカラーだ。

 

 無意識のうちに、目を凝らして白木先輩を探していた。数人で群れる男子生徒のあとにぽつんと歩いてくる学生がいる。白木先輩だった。

 思わず頬が緩んだ。


 久々に彼の姿を見た。 

 白木先輩が来なくなってから、私は音楽室に通う頻度(ひんど)が極端に減った。


 まっすぐ家に帰ったり、図書室で時間を潰したり、街に寄ってぶらぶらしたり。


 そのどれもが、退屈で苦痛だった。

 世界中の時計が壊れてしまったのかと思うほど、時間が全然進まないのだ。もうそろそろ帰ろうかと思って時計を見ても、十分も進んでいなかったりする。

 かといって、音楽室に行けばどうしたって白木先輩を待ってしまうから、行きたくなかった。


(今日はどうやって時間を潰そう……)


 いつの間にか、先生はいなくなっていた。水道に手を洗いに行って自席に戻ると、お弁当を広げた。

 

 今日のメニューは、俵型(たわらがた)の小さなおにぎりが三つと肉巻きアスパラ、ミートボール、ポテトサラダ、(うめ)とはんぺんのミョウガ()え、それからプチトマトだ。


 ポケットからスマホを取り出しながら、ひとりいそいそと食べ始める。

 私の学校は、授業中はスマホの使用を禁止されるが、休み時間や放課後はスマホをいじっていても注意されない。

 

 スマホを開いたところで、メッセージのやり取りをする友だちすらいない私は、べつにやることはないのだけれど。


 ギャラリーを開いて、前に白木先輩と行った水族館の画像を眺めていると、弾けるような声が降ってきた。

 

「ねぇ夏恋! お弁当一緒に食べよ!」

「……あ、うん」


 話しかけてきたのは、あいだった。

 私の前の席のあいは、机をくるっと後ろに向けて、私の机とぴったりくっつけると、バッグからコンビニ袋を取り出した。

 

 あいの今日のお弁当は、サンドイッチと焼きそばパンらしい。あいはお弁当はいつもコンビニや購買で買っている。あいが食べているカップラーメンや菓子パンを見ていると、たまには買い弁も美味しそうだ、と思う。

  

「ねぇ夏恋。最近元気なくない?」

 ぎくりと肩が揺れた。

「え、そうかな……?」

 うっかり笑顔が引き攣った。


 友だち未満のクラスメイトにまで気付かれるほど、私は覇気(はき)を失くしていたらしい。


「なにかあったの?」

「うーん、べつにないけど……なんだろ。勉強のし過ぎで疲れちゃったかな」


 曖昧(あいまい)に微笑みながら、プチトマトを口に含んで誤魔化した。

 

「最近、ピアノは?」

「んー……弾いてないねぇ」

 音楽室にすら行っていない。家ではたまに弾いているが。

 すると、あいは驚いた顔で私を見た。

「あの夏恋が!? ピアノ大好きな夏恋が!?」

「……そんなに驚く?」

 

 どうやら私は、音楽好きな音羽夏恋という人物を上手く演じられていたようだ。


 あいは、ふぅん、と呟きながら椅子に座り直すと、にっと歯を見せて微笑んだ。 

「……ねぇ、今日音楽室に行かないならさ、一緒にカラオケ行かない?」

「カラオケ?」

「うん。今日みんなで行く約束してるの」

「……どうしようかな」

「前に行くって約束したでしょ」

「そうだっけ?」


 とぼけてみるけれど、たしかにそんな約束をした気がしないでもない。というか、覚えていたとは。

 

「というか私、中西に告白してふられたって言ったっけ?」

「嘘!? あい、告白したの?」

 思わず前のめりに尋ねてしまった。


 あいはほんのりと頬を染めて、もじもじとしている。あいのこんな表情は、初めて見た気がする。どちらかと言えば、あいは気が強いタイプだと思っていた。

 

「うん。……でも、中西は夏恋が好きなんだってさ」

 ミートボールを運んでいた手を止めて、黙り込む。しばらく考えて、口を開いた。 

「……あの、あい……」

 なんと言葉をかけてよいかわからず、私は視線を泳がせた。すると、あいはくしゃっと笑って両手を振った。

  

「気にしないで。私結構もう気にしてないから」

「……そう」

「それでさ、中西が夏恋連れて来いってうるさいのよ。次は夏恋が来ないんじゃ行かないって言うし」

 

 ちらちらと中西を見る視線には、うっすらと熱が垣間見える。まだ諦めきれてないのだろう。

 その視線はとても可愛らしく、好感が持てた。なんというかとても、健気(けなげ)だな、と思った。

  

「……あいも行きたいの?」

「まぁ……どうせならね。あ、でも邪魔はしないよ。私、応援するから安心して」

 苦笑する。

「いいよ、そんな気を遣わなくて。というか私、中西のことはべつになんとも思ってないから」

「夏恋は中西のことなにもまだ知らないでしょ。知ったら変わるかもしれないよ」

 

 たしかに、私はクラスメイトたちのことをほとんど知らない。話さないといけない場面でしか会話をしてこなかったし、あいとだってそこまで親しい間柄というわけでもない。

 

 そもそも中西って誰だっけ、とクラス内の男子たちを見た。


 やはり見てもよく分からなかった。

 私はこれまで、興味のないものはどうでもいいと思っていた。

 今までなら、適当に誤魔化して楽な方へと交わしていたけれど。

 白木先輩やあいのおかげで少し、興味が湧いた気がする。


 (はし)を置く。

 

「……あいが行くなら、行こうかな」

「えっ、ほんと?」

「うん」

「やったー!!」


 子どものようにはしゃぐあいの顔は、とても可愛らしかった。

 その日私は、初めてあいを真正面から見た気がした。

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