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 それから、人知れず私たちの交流は始まった。

 早朝の音楽室と昼休み、それから放課後。


 白木先輩は、七色パレットのように表情がころころと変わる人だった。


 白木先輩は私がピアノを弾くと、いつだってうっとりとしていた。


「……やっぱりいいなぁ。音羽さんのピアノ」

「だったら、楽譜くらい読めるようになったらどうですか」


 白木先輩はすっと窓の外を見た。なにやら考え込むように黙り込んで、視線を私に流す。

 

「うーん。でも、読めるようになったら音羽さんにくっつけなくなるからやめておく」


 どういう理屈だ。 

 

「意味分かりませんし、読めなくてもくっつかないでください。気持ち悪い」

 ぴしゃりと言う。

「気持ち……悪い……」


 ずぅんという効果音がしそうなほど、白木先輩は肩を落とした。

 

「……あ、いや、さすがに今のは言い過ぎましたけど……ていうかいちいち落ち込まないでくださいってば」

「……べつに落ち込んでないもん」

「どーだか」

 

 外科医の両親のもとで何不自由なく育った白木先輩は、世間知らずでお人好しのおぼっちゃま、というのが彼に対しての印象だった。

 

 まっすぐで、嘘なんて一度もついたことがないような顔をして、隣にいる自分がひどく汚れて見えた。

 

 人柄の違いを突き付けられているようで、そばにいればいるほど、私は自分が嫌になった。

  

「ねぇ、それってなに?」


 あるとき、白木先輩は私の手の中のミルクティーをまじまじと見て言った。

 

「ミルクティーですけど」

「へぇ……それって温かいの?」


 まるで初めてミルクティーを見たかのような反応だ。

 

「ペットボトルなんだから、冷たいに決まってるでしょう」

「冷たいのって美味しいの?」

 

 白木先輩は真顔で尋ねてくる。

 

「…………まさか、飲んだことないんですか」

「ミルクティー自体飲んだことないかも」


 ため息が出る。

 

「……白木先輩ってそういうところありますよね」

「そ、そういうところ?」


 少したじろいだ様子で、白木先輩が私を見た。

 

「悪気なく嫌味を言えるところ。まぁ、この学校の人は割とみんなそうですけど」

「……僕、嫌味なんて言ってないよ?」

「でしょうね。でもそういうところが庶民からしたら嫌味に聞こえるんですよ」

「でも、君だってこの学校に入ってるってことはそれなりの家庭だろ?」


 たしかに、私の今の家はお金持ちだ。

 でも、

「……私は偽物ですから」


 ぼそりと言うと、白木先輩はかすかに首を傾げた。

  

「小学生のとき、両親が事故で死んで、私は母の妹に引き取られました。母の妹は資産家の男と結婚していましたが、事故の前の年に事故で旦那さんのことを亡くしていて子供もいなかったから、ちょうどいいって私は連れてこられたんです。おかげで二年前からはなに不自由なく暮らしてますけど、それまではむしろ貧乏な方だったので。私は生まれも育ちも庶民です」


 早口で吐き出すように言った。


「ついでにいえば、友だち付き合いが苦手でひとりになりたくてやってたピアノを、叔母にピアノが好きなのだと勘違いされて音楽系の学校を勧められました。断る理由もないし、というか断る方が面倒だったので、素直にこのお金持ち学校に入ったってところです」 

「…………そう」


 白木先輩はそれ以上なにも言わなかった。


(……引かれたかな)


 最初からそうだった。

 嫌味がなく、悪態の付き方すら知らない。皮肉も通じない。


 白木先輩からは、育ちの良さからくる品性が溢れ出ている。表裏があって人嫌いで性格の悪い私とは大違いだ。


(……まぁいっか。どうせ元から住む世界が違うんだし)


 これで、白木先輩も私から興味を失くすだろう。


 しかし、私の予想に反して白木先輩は言った。

「ねぇ、今度の休み会わない? どこか行こうよ」

「…………はぁ? いや、今の私の話聞いてました? 」

「うん、聞いてたよ?」

「だったら……」

「僕は君が好きだよ。だからもっと仲良くなりたい。……あ、もちろん君のピアノも好きだけど」


 白木先輩は、どうして私なんかにかまうのだろう。こんなちっとも可愛げのない人間に。


「私はべつに好きじゃないです」

「…………」


 白木先輩はまたずぅんとなっている。よくもまぁ飽きもせずにそう落ち込めるものだ。

 

「……そもそも、なんで休みの日にまで白木先輩に会わなくちゃいけないんですか」

「それはその……あ、水族館とかどう? 女の子はそういうの好きだろ?」

「だから、なんで私が白木先輩と水族館に行かなくちゃならないんですか」


 キッと眉を釣り上げて言うと、白木先輩は狼狽えたように私から目を逸らした。

 

 言い過ぎた、と思いながらも次に続ける言葉を見つけられないまま黙っていると、

「……水族館嫌い?」


 白木先輩は、小さな声で言った。さすがにこれ以上痛めつけるのは良心が痛む。

 

「……嫌い……ではないですけど」

「よかった!」


 と、白木先輩はおもむろに私の手を掴んだ。そのまま帰り支度を始めて、ずんずんと歩き出す。


「えっ? ちょっとなにするんですか」

「休日に会いたくないっていうなら、今から行こう。まだ開園してるはずだから」

 白木先輩はそう言うと私の手を引いて、音楽室を飛び出した。

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