表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/26

残酷な運命①


 スマホの画面を暗くすると、私は息を吐きながら目頭(めがしら)を押さえた。

 ふと、窓の向こうを見る。外はもう真っ暗だった。時計を見れば、日付が変わってから随分と経っていた。

 そろそろお風呂に入らなくちゃ、と起き上がる。

 

 帰ってきてから、ネット検索で記憶障害について調べてみたものの、これといった収穫(しゅうかく)はなかった。

 当たり前だ。未来を視る代わりに失う記憶を取り戻す方法など、世界中探したってあるわけがない。


 窓を開けると、冷たい風が部屋に舞い込んだ。冬を控えた海辺の街の夜は、静まり返っている。


 窓枠に手を置いて、しばらく街を眺めた。

 私に、どうしろというのだろう。

 ぼんやりと思う。

 白木先輩は、私のことをひとつも覚えていないのに。私だけ、こんなに苦しい。

 遠くから波の音が聴こえた。



 * * *



 朝、重い体を無理やり引きずって学校へ行く。


 教室に入ると、私の顔を見たあいがぎょっとした顔で「どうしたの、その顔」と尋ねてきた。

 一目見て引くほど、そんなにひどい顔をしているのだろうか。

 

「ちょっと寝不足で」

「そう……」

 鞄を開け、教科書を取り出す。目が乾いてシパシパした。

「……で、どうだったのよ。行ったんでしょ? 先輩の家」

 手が止まる。

「……うん。行った。ふられた」

 あいが目を丸くした。

「なんで!? だって、告白されてまだそんな経ってないじゃん」

「……まぁ、いろいろあってね」と、苦笑する。

「ねぇ、あい」

 呼ぶと、あいが顔を上げて私を見た。丸々としたガラス玉のような瞳には、よりどころのない顔をした私が写っていた。


「……好きな人にふられても、諦められないとき……あいだったらどうする?」

 すると、あいは一瞬驚いた顔をしたものの、ふっと優しく笑って、ただひとこと「頑張る」と言った。

「頑張る……」

 いかにも素直なあいらしい。

「夏恋はすごい」

「すごい? なにが?」

「夏恋は自分の想いを伝えるために、先輩に会いに行った。その行動力はすごいと思うよ。私さ、夏恋見てて思ったの。本当に中西のこと好きだったのかなって」

 

 あいは言いながら、ちらりと教室の中央でふざけている中西を見やった。


 あれから私は中西に無視され続けているが、まぁこちらもあまりいい態度はとっていなかったので仕方ない。特別不都合もないのでこのままの距離感で行こうと思う。


「私、中西にふられたとき、改めて告白しようなんて思わなかったもん。立ち直りも早かったし。だから、好きにもたくさんあるのかもね」 

「好きにも、たくさん……?」

 では、私の好きはなんなのだろう。復唱するように呟きながら考える。

 

「離れて初めてわかる大切さってつまり、そういうことだよね」


 眉を寄せる。


「どういうこと?」

「夏恋は、それだけ先輩のことが好きってこと。昨日先輩となにがあったかは知らないけど……もし、まだ吹っ切れてないなら、まだまだ頑張ったらいいと思う。人の気持ちって変わるものだから」


(……気持ち……)

 

 顔を上げる。頬杖をつきながら優しく笑うあいの顔を見て、あぁ、と思った。

「……私、あいと友だちになれて嬉しい」

 そうか。友だちというのは、こういうときに……。

 私はあいの手を取った。あいは照れたように頬を染めている。

「な、なによ急に……」

 私はかまわず、その手を握る。この手は間違いなく、私が迷ったとき、手を引き、導いてくれる手だと思った。

「……あい。私、頑張ってみる」

 

 その手は、思いの外小さくて柔らくて、そして――温かかった。


 夕方の校庭を、風が吹き抜けていく。私は三年五組の教室にいた。

 白木先輩を探していると、窓際の一番前の席にその姿を見つけた。ちょうど帰るところのようだ。目が合うと白木先輩は一度立ち止まり、私の元へ来た。 

「……君、昨日の」

「こんにちは」

 軽く会釈する。

 

「どうしたの?」

 開け放たれた教室の扉に手をかける白木先輩を、私はまっすぐに見上げた。

「……あの、単刀直入に言います」

「ん……?」

「白木先輩。私と、お友だちになってもらえませんか」

 

 白木先輩はお得意のきょとん顔で、私を見下ろしていた。

「……ん? んん? 友だち?」

 白木先輩の背後で聞いていた他の上級生たちは、なんだよ、告白じゃないのかよ、だのと囁き合っているが、気にしない。

「はい。友だち……ダメですか」

「いや、ダメではないけど……なんで僕?」

 白木先輩は首元に手をやり、困ったように笑っている。

「友だちになりたいから」


 私はもう、白木先輩には好かれていない。

 だからなんなのだ。今は私が白木先輩のことを好きなのだから、見守る理由なんてそれで充分だ。

 白木先輩が危険なことに首を突っ込まないように、詩織ちゃんが泣かなくて済むように、私は私のやりたいようにやればいい。


「だから手始めとして、一緒に帰りましょう。白木先輩」

 私は、白木先輩の手を取って歩き出した。

「えっ? ちょっ……お、音羽さん?」

 手を取ると、白木先輩は顔をほのかに桃色に染めて戸惑っていた。

  


 * * *



「……ねぇ、昨日はなんの用事だったの?」

 どんよりとした薄墨色の雲の下を歩きながら、白木先輩が私に尋ねてきた。

「告白」 

 ぼそりと言うと、白木先輩が驚いた顔をして足を止める。

 

「……えっと……」

「冗談です」

 しどろもどろになる白木先輩をスルーして、私は真顔でそう言うと、先を進んだ。

「じょ、冗談?」

 背後で白木先輩がなにやら言っているが、かまわず歩いた。

 空を見上げる。重い雲が立ち込めていた。まだ雨は降っていないが、そろそろ冷たい雨粒が落ちてきそうだ。


(……本当に覚えてないんだな)


 再び隣に並んだ白木先輩は、頬を掻いていた。

「……もう、いきなり脅かさないでよ。びっくりしたじゃん」

 脅かしたつもりはないのだが。

 

 白木先輩の横顔に、少しだけホッとする。記憶を失くしていても、やはり白木先輩は白木先輩だ。

 心根のまっすぐさや穏やかな表情は、以前の彼となにも変わりない。

 胸がちくりと痛みを覚えた。誰かといるときにこんな気持ちになるのは、初めてだった。


「ねぇ、音羽さん。あのさ、君はなにが好きなの?」

「なに……?」

 首を傾げる。

「教えて、君のこと。友だちなら、お互いのこと知っておかないと」 

 胸が熱くなった。当たり前のようにそんなことを言われたら、困る。

 好き、ってこういうことなんだ、と実感した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ