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 ハロウィンが間近に迫った街は、オレンジ色と紫色に彩られている。かぼちゃやコウモリのはりぼてが至るところに装飾(そうしょく)として飾られていた。


 鮮やかな街だ。

 

 けれど、数人のクラスメイトたちと歩く通学路は、白木先輩と歩いたときよりも随分と色褪せて見える。少し肌寒い。

 空を見上げる。太陽がない。太陽は分厚い雲で覆い隠されていた。

 

 もう冬の足音が聞こえていた。白木先輩がいなくなる春が、近付いている。


 クラスメイトたちのがやがやとした高い声の喧騒は、冷めた私にはやはり似合わない。


 ぼんやりと歩いていると、突然隣に人の気配があった。表情を引き締める。


「ねぇ、音羽さんって彼氏いるの?」

 話しかけてきたのは中西だった。すぐ近くにはあいもいるし、ほかのクラスメイトも周りにいるのに、答えると思うのだろうか。

 

「……はは」と、私は静かに笑い声を漏らした。

 いつの間に、こんなに愛想笑いが下手になったのだろう。前はもっと上手く笑えたはずなのに。


「えー、答えてくれない感じ? 余計気になるじゃん!」

 面倒なタイプだ。内心唾を吐きながら、顔では天使の笑顔を作る。この感覚、久しぶりだ。

 

「どっちどっち?」

 苛立ちがピークを過ぎた私は、半ば無視する形で黙って歩いた。

 少し前方にあいを見つけ、さりげなく逃げようとすると、後ろから中西に腕を捕まれ阻止された。

 

「ねぇねぇ音羽さん。いないならさ、俺彼氏に立候補したいんだけど。今度デートしない?」

「いや……私、そういうのは」

 中西は慣れた様子で肩に触れてくる。気持ち悪い。思わず眉間に皺が寄った。 


 白木先輩のときは、こんな感じにはならなかったのに。あの人は絶対、私の嫌がるようなことはしなかった。 

「つれないなぁ。努力くらいさせてよ」

 ぐっと腰を引き寄せられ、さらに距離が近付く。


 吐き気がする。もう我慢ならない。

「やめてって言ってるでしょ! 気持ち悪い」

 

 手を振り払いながら真顔で言うと、中西は「はぁ?」と、眉を釣り上げた。どうやら、機嫌を損ねたようだ。

 

「なんなのお前。口悪過ぎんだけど、めっちゃ冷めたわ。音羽って顔だけなんだな。引くわ」

 中西は機嫌を損ねたようで、舌打ちをして帰って行った。

 

 私は、中西の背中を見送りながら額を押さえた。

 やってしまった。距離感には気を付けていたのに。


 まぁ、気持ち悪いのだからしょうがない。


「ちょっと、どうしたのよ。夏恋。大丈夫?」 

「……あい、ごめん。私も帰る」 

「え? え? ちょっと……夏恋!」

「せっかく誘ってくれたのにごめんね。またあとで」


 私は逃げるように来た道を戻った。


 

 * * *


 

 十月の陽は、夏に比べて随分と短い。陽が落ちた街は肌寒いけれど、それでも家に帰る気にならなかった私はひとり海辺を歩いていた。

 波音を聴きながら、六月の音楽室を思い出す。


 まだ数ヶ月しか経ってないのにいないのに、もうこんなにもあの音楽室に焦がれている。

 初めて白木先輩を見たときはなんだこの人、と思ったはずなのに不思議なものだ。


「……あんな人でも、いないと寂しいものなんだな……」


 私のひとりごとは、波音と風に運ばれていく。

 学年がふたつも違うと、校舎も違うし帰る時間も違う。私は、あれから白木先輩のことをほとんど一度も見ていない。


 つくづく、彼が私に合わせてくれていたことを痛感する。


「……夏恋」

 波音に耳をすませていると、ふと、波音に混じって名前を呼ばれた。

 振り向くと、あいがいた。窺うように私を見つめるあいに、目を瞠る。

 

「あい……どうしたの。カラオケは?」

 尋ねると、あいは眉を下げながら笑う。

「……ごめん、気になって着いてきちゃった。嫌だった?」


 私こそ「カラオケ、ごめん」と謝る。すると、あいはぶんぶんと手を振った。

「いいよいいよ、むしろなんか無理させちゃったみたいでごめんね」と小さく笑った。


 さらにあいは続けて、

「それよりさ、夏恋。もしかして、好きな人できた?」

 驚いて顔を上げる。

 見ると、あいはにっこりと微笑んでいた。

「……なんで」

「なんとなく。女の勘ってやつ?」

「……恋なんてしてない……と思う。ふったし」と、呟くように返す。しりすぼみになった。

「は? ちょっと待って。どゆこと?」


 あいは私の言葉に眉を寄せた。私はふっと笑い、また前を見て歩き出す。あいは駆け寄って、私の隣に並んだ。

「ねぇ、これからふたりでカフェ行かない?」

「カフェ?」

「行こうよ! ほら!」

「えっ……ちょっと」

 半ば無理やり、海が一望できるテラスが売りのカフェとやらに連れ込まれた。


 入った店は小さなお菓子の家を模したような外観のカフェで、女の子が好きそうな雰囲気だった。

 私たちは紅茶とケーキプレートを注文してテラス席に座った。


 注文していたものが届くと、あいは静かに話し出した。

「私さ、正直最初は夏恋のこと、苦手だったんだ」

 私はミルクティーが入ったティーカップをそっとソーサーに置き、あいを見た。


「どこか冷めてるっていうか、なんか、なに考えてるか分からなくて」と、小さく笑う。

「……ごめんね、今は夏恋のこと大好きなんだけど。最初のイメージの話だから、気を悪くしないでね」


 私はゆるく首を振った。

 

「私ね、勝手に線を引いてたの」

「線?」と、あいが首を傾げる。


「私、小学生のときに両親亡くしてるんだ。うちは全然お金なんてなかったから、今はお母さんの妹の家に引き取られて……つまり叔母(おば)とふたり暮らしなんだけど。どうも顔色を窺っちゃうっていうか、気を遣うっていうか……だから、ひとりでいる方が楽だなって思ってた。友だちもいらない、適当でいいやって」


 息を吐く。こんなこと、初めて話した。誰にも――いや、白木先輩以外には言ったことがなかったのに。


 あいは私の話を静かに聞いてくれていた。


「ごめんなさい。私、猫被ってた。本当は全然いい子じゃないし、塩対応だし。あの……中西への態度みたいなのが、本当の私」


 ふふっとあいが笑う。可愛らしい。あいがこんなふうに笑うことすら、私は今まで知らなかった。いや、知ろうともしていなかった。


「お互い様だね、夏恋」

「お互い様……?」

「ねぇ、夏恋。これからは親友になろ? 私たち、たぶんすごく仲良くなれると思う」

 

 あいの言葉に、私は心から頬が緩んだ。

 

「うん」

 顔を突き合わせながら、ふたりで笑い合った。

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