表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルサールカ  作者: ポン酢
父と精霊の名の元に
7/10

ルサールカ②〜父と精霊の名の元に⑥

 日曜の礼拝を欠かした事は、ほぼない。必ず右側の一番後ろの隅に、一人分のスペースを空けて座る。


 祈りが始まり、私は顔の前で手を組み頭を垂れた。


 途中、誰かが横に座った。

 彼は同じように、ただ祈りを捧げる。


 「神」は時より、こうして私の前に姿を現せられる。


 言葉を交わす事はない。それはいつでも、「神」が私達を見守っていてくれる事を確認する為の時間だからだ。


 だが……。



「……全て、ご存知だっんですね、貴方は……。」



 私は長い間、破った事のない沈黙を破った。

 彼は何も言わなかった。


 それが答えなのだと思った。


 祈りの言葉が続く。

 私はもう何も言わず、いつものように祈った。


 いや、いつもと違う事がある。


 いつもは「助けて下さい」と祈っていた。

 でも今日は、「どうかお守り下さい」と祈る。


 誰を?

 私を?


 それとも……。


 祈りの言葉が終わりに近づく。



「……パンケーキは美味しかったかい?」



 「神」はそう言った。


 私は黙って頷いた。

 涙が溢れた。


 背中に木の枝が当たったような感触。

 それはとても大きく温かかった。



「神のご加護があらんことを」



 その言葉に顔を上げた。


「アーメン。」


 祈りが終わり、礼拝の参加者が口々にそう言って席を立った。


 私の見つめる先には、いつも通り誰もいなかった。









「ロロさん!」


 職場から出てきた彼にそう声をかけると、彼はこれでもかというほど間抜けな顔をして固まった。一緒にいた同僚らしき男に顔を覗き込まれる。


「ロロ?お前、いつからそんな可愛い愛称使ってんだよ?!」


 そう言ってゲラゲラ笑われ、背中をバンバン叩かれた。そのショックで正気を取り戻した彼は、ツンケンと騒いだ。


「使ってねぇ!!んな愛称、妻にも言われたこたぁねぇ!!」


 そしてズカズカとこちらに歩いてきて、ボカっと頭を叩かれる。


「変な愛称つけんな!!馬鹿野郎!!」


「すみません。どんな顔するかなと思って試してみました。」


「試すな。絞めるぞ?!」


「そんなに怒るなよ~。ロロ~。若者が可哀想だろ~?!」


「シム、テメェ……。次に言ったら、顎に風穴開けんぞ?!」


「はいはい。んで?」


 彼の同僚が私の紹介を彼に促す。彼は見るからに言葉に詰まっていた。なので私が名刺を取り出し、差し出した。


「申し遅れました。私、私立探偵をしております。ライナス・フォードと申します。まだ駆け出しで、ベルさんにはたまに知恵をお借りしています。」


「サイモン・ダーウィンだ。」


「宜しくお願いします。」


 彼の同僚は人が良く、屈託なく笑って握手した。そのやり取りを彼は目を白黒させて見ている。


「……何の用だよ?」


「実は今回受けた依頼で、ちょっと知恵をお借りできないかと思って……。駄目ですか?」


 動揺を隠すように突慳貪とする彼に、私はピチピチの新米探偵のフリをして頼み込む。いつもと違う私の様子に、彼が気味悪がってぬぐぐっと口篭る。その様子を見た同僚のダーウィンさんは声を上げて笑った。


「うはは!人嫌いのお前が懐かれてるなんて!!傑作だ!!」


「うるさい!!」


「お願いします~!ベルさん~!また手伝って下さいよ~!!明日までに何とかしないとならないんです~!!」


「は?はぁ?!」


「あはは!行ってやれよ、ロロ?」


「シム!テメェ!!」


「午後、遅れても適当に言っといてやるからよ!じゃあな、ライナス。今度、三人でゆっくり飲みにでも行こう。」


「はい。ありがとうございます!!」


「おい?!シム?!昼飯は?!」


「俺は適当に済ませる。頑張れよ~。」


 そう言って去っていくダーウィンさん。残された彼は私を怪訝そうに見つめてくる。


「……ライナス・フォードって誰だよ??」


「探偵はいくつもの顔を持っているものですよ。」


「……ジンは本名か?」


「さぁ?どうでしょう?」


 私の言葉に、彼は物凄く嫌そうに顔を顰めた。




 立ち話も何だからと、キッチンカーでテイクアウトして公園に向かった。ベンチは空いていなかったので、少し奥まで行って草の上に腰を下ろす。


「で?何の用だよ?」


「これを渡しておこうと思って。」


 私は封筒を取り出して彼に渡した。中を取り出した彼が軽く目を通し、表情を強張らせる。


「……お前……。」


「個人的に調べているいくつかの案件です。知っている情報を渡しますので、補足やそちらでわかる事があったら教えて下さい。」


 資料を封筒に戻した彼が、私の方をじっと見た。希にする、あの表現できない鋭い眼だった。


「……なんでこんな事を調べている。」


「個人的な事です。」


 私はその目を見ても動揺しなかった。

 しかし今回は、その答えでは彼の追求は終わらなかった。


「神の啓示か?これも?」


「いえ。ルサルカを調べているのは神の啓示です。ですがそれは、僕の個人的な……過去との決別の為です。」


「!!」


 彼の目が見開かれる。そしてハッと何かを思い出したように目を反らせた。その理由を私は知っていた。


「僕の体にある傷は、そういう事です。」


「……すまない。」


「何で謝るんですか?言ってなかった事ですよ。」


 いつかの会話を、立場を替えて行う。それが何だか不思議だった。


「ジン……。」


「はい。」


「お前は……今、幸せか?」


「……え?」


 思わぬ質問に、私は彼の顔を見る。その顔は思い詰めたような表情だった。


 私は考えた。


 幸せとは何だろう?

 何を持って、幸せだと言えるのだろう?



「答えになってないかもしれませんが……。僕は今、ここにいます。」


「……そうか……。」



 彼が笑った。泣いているようにも見えたし、嬉しそうにも見えた。その顔を見て、私は心を決めた。


「次の日曜、会えますか?」


「え?……まぁ、空いてるけど……。」


「貴方に会って欲しい人がいます。」


「……誰だよ?」


「ドモヴォーイ。」


「……は?!」


「都市伝説のように言われていますが、彼は実在します。」


「は?!嘘だろ?!」


「嘘じゃありません。彼に助けられ、彼の支援の下、私達は勉学に励み、ここにいます。」


「私達……?」


「僕以外にもいるという事です。僕も多くは知りません。」


 彼は額を押さえていた。無理もない。いきなりこんな話をされて信じろというのは無理がある。

 私は彼が混乱から抜け出てくるのを静かに待った。


「……わかった。」


 彼はそう言った。

 たった一言、そう言った。


 そして残っていた食事をガツガツと食べ始める。その様子が何だかとても力強く彼らしく、私は安心した。


 私も彼に習って、ベーグルサンドを口いっぱいに頬張る。それを噛み締めて空を見上げた。


 彼と話せて、私の心はいつになく軽かった。


 空の青さがとても綺麗に見える。頬を撫でる風からは、少しだけ土と緑の匂いがした。


「ふふっ。美味しい。」


「テイクアウトのベーグルサンドがか?」


「ええ。」


 私の呟きに反応した彼は、そんなに旨いなら間食に買って帰ろうかなと言った。

 のんびりとした時間が過ぎていく。



「……なぁ。」


「はい。」


「……今夜、行かないよな?」



 彼はこちらに目を向けずにそう言った。

 私は空を見上げた。


 雲がのんびりと流れる空を。



「行きませんよ。安心して下さい。」


「……そうか。なら、いい。」



 私は嘘をついた。

 それは彼もわかっていると私は思っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ll?19071470Q
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ