妻と保険屋と本人
1人の男が海に面する高い崖の上で佇んでいた。
男は崖の縁ギリギリの所に立ちながら、崖の下を覗き込み考え込んでいる。
『此処から飛び降りれば、保険金で妻を路頭に迷わせずに済む』
しかし崖下を覗き込み飛び降りようとする度に、足が竦み踏ん切りがつかない。
息を整え目を瞑り震える足を叱咤しながら崖下にダイブしようとした時、胸のポケットに入れてあったスマホが鳴った。
ギリギリのところで踏みとどまり震える足を崖上に戻した男は胸ポケットからスマホを取り出し、電話を掛けてきた相手を確認してから返事を返す。
「はい」
「お父さん! 帰って来て! 死なないで!」
「お前……」
「お父さんが入っている保険は自殺した時は下りない保険なの! だから一度帰って来て」
「え……」
そのとき突然吹いた強い風が、妻の言葉で棒立ちになった男の身体を押した。
崖の上ギリギリのところにいた男はその強い風に押され、崖下の海に向けて転落。
男は崖下の岩場に身体を打ちつけ亡くなる。
霊となった男は、所轄の警察署の死体置き場で言い争う妻と保険屋の姿を眺めていた。
「此れは事故よ!」
「否、奥様違います、旦那さんは自殺です」
霊となった男にはもうどうでも良い話しであった。