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②旭はるか*懐かしい海*

運命の出会いをした。

初めて彼をみた瞬間、水しぶきが上がった感覚がした。

視界はふさがれて、先ほどまで目の前を通過していた、真新しい制服を着た生徒たちの列が見えなくなる。

はるかは手に持ったコサージュをどの方向へ差し出せばいいか分からなくなった。そしてなぜか、目の奥で青い渦がとぐろを巻くような映像が見えていた。

これが私の探していたものだ。

妙な確信が生まれる。

先ほど現れた水しぶきは、無数の水泡になって眼球の表面を流れ、徐々に視界がひらかれていった。

はじめに黒い髪が見えた。

それから、黒くて長い前髪の隙間から鋭い三白眼が覗く。その視線は、体育館の入り口に立っているはるかの手元のコサージュに向いていた。はっとしたはるかは急いで手渡す。

「入学おめでとうございます」

軽く会釈して受け取った彼の手は骨ばっていて大きい。体は細身で長身、鋭角に尖った顎。はるかは胸が締め付けられるように苦しくなる。

生徒会役員のはるかは新入生にコサージュを渡す担当をしていた。赤い千代紙で作られたコサージュを受け取った新入生はみな、胸元にそれをつけている。

はるかは淡々と配布作業をしながら、視線は三白眼の新入生から離すことが出来ずにいた。

体をねじる様な変な座り方をしている彼は瞼を閉じて、入学式が始まるのを待っている。座った椅子の位置からすると、1年C組だと思われた。

無事に式が終わり、後片付けを終えて生徒会室へ戻ると、

「お疲れ」

と榊が声をかけてくる。

書記を担当している榊ははるかと同級の2年生で、はるかは彼に好意をよせていた。

「お疲れさま」

はるかも声を返す。

すると、今城沙耶が肘でつついてくる。冷やかすような感じに。

同じく同級の沙耶は会計に任命されている。副会長のはるかと一票差だったため、ライバル視されたこともあったが、それなりに親しい関係を築けていた。

「榊君のこと好みかもしれない」

入学式の準備をしている時だっただろうか。

沙耶に話したことがあった。あの時はたしかに榊を好ましく思っていた。

痩せた肩、鋭角の顎、そばかすのある頬、眼鏡の奥の細い目。榊は生徒会室のホワイトボードに残っていた文字を消している。

はるかにとって鮮やかだったはずの榊の姿は精彩を欠いていた。薄灰色に染まった精気のない映像みたい。

勝手に好ましく思い、勝手にその価値を下げる。何の非もない榊に失礼だと感じ、はるかはため息をつく。

だけどどうしても、さっき体育館で会ったあの三白眼の男の子のことが気になって仕方がなかった。


はるかには時折みる夢があった。

なぜか、心身に負担がかかっている晩にみることが多い。

忙しくて体が疲れていたり、気持ちが落ち込んで心が疲れていたりする時はベッドに入って目を閉じると、瞼の裏に群青色が広がる。

深い青色はじわじわ広がり、はるかの全身を包み込んで、さらに外側に流れ出す。やがて壮大な海底に変わるのだ。

薄暗い海水に漂うはるかはいつも懐かしさで胸がつぶれそうな気持になる。

その世界は、前世のはるかが生きていた海だった。ゆらゆらと動くはるかの身体は白く発光することで存在を示していた。

クラゲとして生きていたはるかはいつも岩陰にかくれている1匹のイカを見つめていた。

自分と少しだけ似て、だけど全然違う彼の姿を少し離れた場所から眺めることがはるかの日課だったのだ。


「はるかの好みのタイプって分かりやすいね」

沙耶にそう言われて、食堂に向かいかけた足を止めた。

「調べてくれたの?」

はるかが聞くと、沙耶は涼しげな目元を微笑みの形にした。

記憶力のいい沙耶は校内の生徒事情に詳しい。新入生の情報もいち早く仕入れていたので、入学式で見かけた彼のことを聞いておいたのだった。

昼休みの喧騒から少しでも逃れようと、はるかと沙耶は屋上に続く非常階段へ移動する。屋上は締め切りになっていて利用できないので人通りがほとんどないのだ。

「名前は、藤本尚人、1年C組。中学時代は野球部だったみたい。これといって特に目立つところはないよ」

ふじもとなおと。はるかは心の中で反芻する。

名前を聞くだけで頬が熱くなる気がしてうつむくと、自分の華奢な膝小僧が見えた。はるかは小柄で身長150センチにも満たないのだ。

「藤本尚人より、その友達の方が注目すべきだよ」

「そうなの。どういう人」

「同じく1年C組、大沢竜次っていう名前。中学時代に部活はやってなかったみたいだけど運動できそうな体格していて、とにかくイケメン。びっくりするほどハンサムなんだよ」

沙耶は嬉々として話す。

「そうなんだ」

藤本尚人のことで頭がいっぱいのはるかはそこまで興味が持てずに簡単な相槌をうった。

嬉々として話し続ける沙耶の言葉が耳をすり抜けていく。

藤本君と接点を持つ方法はないだろうか。

ふと振り返ると、屋上へ続く扉の窓から空が覗いている。透明感のある青色に雲がひとすじ流れていた。


それから一週間後のある朝。

はるかは生徒指導の安原に呼び出された。

安原は生徒会のとりまとめもしているので、生徒会役員とつながりがある。

「旭に頼みたいことがあるんだ」

安原は大柄で強面だが、丸ぶち眼鏡のおかげで柔和な印象に抑えられている。

すまないな、と言って話し始めた安原の提案がはるかと尚人、そして竜次の流れを動かしていくことになる。

それがどういうことなのか、まだだれも知らない。初夏を目前に控えた麗らかな朝の出来事だった。


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