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メシカ最後の王妃の恋  作者: 細波ゆらり
第一章 わたしの居場所 テノチティトラン
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8 課された課題




 数日後、クアウテモクと将軍たちが宮殿の一室に集まった。

 今まで、テクイチポは女だからと、こうしま集まりに呼ばれることはなかった。クアウテモクの隣に座るが、皆の視線が集まり、居心地が悪い。


「近隣都市、部族への援軍要請について、それぞれの報告を聞こうか」

 クアウテモクが口を開く。



「はい、ではまず、トラスカラについてご報告します。こちらは、鷲の戦士団からの偵察内容ですが、現在、白人たちはトラスカラに駐留しており、全面的にトラスカラの支援を受けています。寝返らせることは不可能かと… 」

 将軍の一人が口火を切った。


「続いて、チョルーラです。こちらは、一年前の白人によるチョルーラの虐殺がテノチティトランの策略だという誤解は依然解消できず、チョルーラは白人の傀儡政権が続いています。チョルーラ内の反コルテス勢力と接触しましたが、成果には繋がらず… 」

 車座に座る順に報告が続く。


「ミシュテカも、昨今の緊張状態では、我々への協力は見込めません。一部、白人と接点を持つ貴族もいるので、むしろ白人につくのではないかと」


「トトテペク王国も、ミシュテカ同様です」


「タラスコ王国は、テノチティトランに協力的ではありませんが、白人にも警戒しているようです」


「タラスコは… これまでの敵対関係では、味方にはならぬだろうな」

 クアウテモクが答える。


「はい、モクテスマ二世の領土拡大戦略の後では、友好関係にある都市はかなり限られています」

 


「次に、三国同盟について。テスココは情勢が不安定ですから、見通しがつきません」


 テスココの先代は白人に抵抗したが、モクテスマ二世が抵抗をやめるよう諭した。そのため、テスココ内は先代の意を継ぐ反白人勢力と、白人に協力的な派閥とに分断されている。その上、内部の権力闘争も激しく、当代のコアナコッホは、白人らの協力を得て王になっている。

 テスココはトラコパンとともに、メシカの三国同盟を担う一翼であり、強力な都市国家だ。そのテスココの動向が明確にならないことは不安材料なのだ。



「唯一、信頼できる都市としては、テトレパンケツァルのトラコパンが頼りです」


「過去の負債だな」

 クアウテモクが呟く。



「… 申し訳ありません」

 一同はテクイチポを見る。彼らのモクテスマ二世の娘に対する評価が低いことはわかっている。王の正当性を示す手段として有効ではあるが、父王の宥和方針の伝達者であり、クアウテモク統治下では邪魔者なのだ。


 父王の方針をテクイチポが否定するとは誰も思ってはいなかった。



「あなたの父の決断は正しかったとは決して言えないが、それはあなたのせいではない。それに、異なる文明の外敵が来るなど、誰も予期できなかったのだから、混乱は当然だ」

 クアウテモクが答える。


 テノチティトランから白人に連れ出され、戦場を彷徨ったテクイチポには、火器と馬を持つ白人たちにどれだけの人数を当てがえば勝てるのか見当もつかない。武器だけに焦点を当てると、大人と子どもほどの力の差がある。



「一縷の望みをかけて、タラスコに使者を出しませんか? 援軍を望むのではなく、警告を。万が一、テノチティトランに打撃があった場合、彼らはここを足がかりに西海岸、西海岸と言わずとも、タラスコまでなら容易く攻め入るでしょう。そのように申せば、自国に攻められる前に食い止めるために援軍を出すという気を起こすかもしれません」

 歴戦の猛者を前に、弱気な発言は許されない。しかし、最後は蚊の鳴くような声になる。


「逆に、白人側につく可能性もあります」

「要塞があるから、と相手にしないのでは?」

 口々に懸念点が挙げられる。

 王妃と言えど、女の言うことだ。やはり、彼らの神経を逆撫でしたのだと思い、テクイチポは意見したことを後悔する。



「… 王妃の言う通りだ。使者の人選、内容、時期を検討する」

 クアウテモクが言うと、皆が頷いた。






 人々が部屋から出ていき、テクイチポとクアウテモクが残される。


「先ほどは、出過ぎたことを言ってすみませんでした」

「何がだ?」

 クアウテモクは杯のプルケ酒を飲む。


「同席させたのは私だ。この場にいるなら、意見して当然だ。何も話さないようなら、次は呼ばないつもりだったぞ?」

 クアウテモクの視線は優しいが、試されていたのだと思うと、身体が強張る。

 まただ。緊張をすると、すぐに頬が火照る。


「… はい。良い案だったか自信がありません」

 こめかみを汗が伝うのを感じて、テクイチポは俯く。

「良いか悪いかは、言ってみた後で皆で考えればいい。言わねば、考え始められない」



「先の案は、時期が問題だな。トラスカラからの進軍は二週間以上かかる。偵察が戻ってからの準備期間は十日足らずか… 」

 クアウテモクが独り言のように呟く。


「危険が差し迫ってからでないと、真実味が足りないと?」

 顔を上げると、クアウテモクが手拭いを寄越す。

 受け取り、汗を拭う。緊張を悟られたくなかったが、仕方ない。


「いや、タラスコとて、わかっているさ。足元を見られない内に和平交渉の打診から始めよう」

 汗を拭う様まで、じっと観察されているようで居心地が悪い。


「ところで、具合が悪いのか?」

「いえ… 鼻血と同じです。前はこんなことはなかったのですが、このところ、気持ちが揺れると、火照ったり、嫌な汗をかくのです。その内、自然と治るもののようですが」

 使用人たちは思春期は仕方ない、と慰めてくれたが、こんなことも赤裸々に話すべきなのだろうか。面白い生き物でも見るように、一つ一つ訊ねてくるクアウテモクに苛立つ。


「… 女は大人になるのも、大変だな… 」

 不機嫌になったのを察知したのか、クアウテモクはテクイチポの背中をさする。逆効果ではないか、とテクイチポが睨みつけると、彼は笑いながら手を引っこめる。


「それで、他に、私にできることはありますか?」

 これ以上、体調のことを話したくなく、話題を変えた。

「祭祀のことは?」


「神官と調整します。地下牢の捕虜ですが、精査してもよいですか?食費なども嵩みますので」

「任せるよ。祭祀も最小限にな。やらぬ訳にはいかない。あれが士気を高めるという一面がある。規模も強弱をつけたい」

「わかりました」



「また、王と部下だな」

 クアウテモクが空になっているテクイチポの盃に果実水を注ぐ。

「そうですね… 家族の時間は家族らしくしたいです」


「家族?」

「はい。オセロメーと、クァクァウティンとも、家族になろう、と話しました」

 二人を遣わしてくれた真意について、礼をまだ言っていなかったことに思い当たる。


「?」

 クアウテモクが怪訝そうに見つめる。

「兄が二人できたようで心強いです。ありがとうございます」

 あれから、二人は護衛の合間にテクイチポに様々なことを教えてくれる。今日の打ち合わせで話についていけたのも、二人のおかげだった。


「私の役割は何だ?」

「… 夫です」

 当たり前のことを何故訊ねるのか、と眉根を顰めた。


「では、あの二人は私の義兄か?」

 クアウテモクが揶揄うように言う。

 二人で顔を見合わせると、声を上げて笑った。




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